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レコード再生率向上運動。

レコードの在庫が増えますと、すべてが再生されるわけではなく、再生の機会に恵まれないレコードもまた増殖の一途です。

購入時に、
これはきっといいだろう。
こんな響きかもしれない。
それはまた気持ちよかろう。
などと脳内イメージ先行型なものですから、購入したらそれで満足してしまうタイプなのかもしれません。

そんな私でも、
これはいかん。
と感じるのは日常生活でも締めくくり感が一気に強まる年末年始によく見られる心的現象です。

そんな折に、
レコード再生率
なるものを向上させようとしますと、先日のように、
手に触れるものはすべて、
目に触れるものはすべて、
という勢いでターンテーブルで回すという方法があります。その再生方法から前回のレコード記事ができました。

金曜の夜も前回と同じ闇鍋方式で再生しようと掴んだのがこれでした。
エミール・ギレリスのピアノとアンドレ・ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管弦楽団によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番と第2番です。


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まず音。アナログ・モノラル・レコードのツボを押さえた音です。
それはピアノの音に芯があり、そして音の裏も見えること。たとえば落ち葉がその表と裏を見せながら大気の中を舞い落ちるように、音の裏を揺らぐように見せながら響くさまです。デジタル音源ではついぞ聴いたことのない音です。さらにはアナログ音源でもさらに質の良いものに現れる「現象」ではないでしょうか。この音の裏が見える限りアナログ盤はやめられない。
バックをつとめるヴァンドルノート指揮のパリ音楽院もえぐりを入れてくるこれまた迫真の良い音です。

次に音楽。第1番は、すでに幾多の評釈や論陣があるのは明らかでそれを恐れずにいうならば、モーツァルト=ロココに片足を置いた曲。
人間の営みのどの分野も、先人の「模倣」から始まる、と言えばそれで終了なのです。ただ、「模倣」が「剽窃」に通じますから、悪印象はぬぐえません。なので、言い換えるならば、当時の「潮流」に乗った音楽、といえばよろしかろう。
そういう意味で、ベートーヴェンも当時の「潮流」の「洗礼」を受けたのはいわば当然のこと。しかし、同時に、他方ですでにベートーヴェンの精神性の表出がなされているのもまた明らかであります。つまり、潮流に乗ったうえで新たな「地平」を切り開いた創造性が見られる、と言いましょうか。
なので聴き進んでいきますと、モーツァルトとベートーヴェンとのそれぞれの遺伝子を操作した新しい生物を見るような瞬間がいくつもあります。

第1番が終わります。モノラル音に惹かれて即座に盤を返します。第2番が始まります。
そこはすでにベートーヴェンの世界になります。モーツァルトからの脱皮を果たし自分のあるがまま、欲するままの姿を得た生き物のように立っています。ひな鳥が羽毛をすべて落として逞しい若鳥として現れたように。(ここで骨付き鳥を連想してはダメですよ。)

ここで音楽の歴史が動いた。

こんな感興を表題に表すならば、
モーツァルトとベートーヴェンをつなぐもの、
とか、
音楽の歴史が脱皮する瞬間、
とか、つまらん恰好をつけたくなりそうですが、そこはアホみたいな表題にしてみました。

いや、良き盤でした。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番と第2番は、この盤しか聴かない、で一生終えても問題はありません。「知らぬが仏」です。
いつ入手したのかな?と見ますと昨年(2018年)6月。まだ半年か。海外サイトからの入手コストは送料込みで30ユーロ。日本円で、よんせんえん強、でした。国内流通価格からすれば、安いほうですよね。
いやいや、レコードは再生してなんぼ、です。

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これはステレオか?ベルギーのモーツァルト。

最近自宅に届いたモノですけど、盤面を見て驚きました。
STEREO
と明記されています。
ヴァンデルノートによるモーツァルトの交響曲、そしてハイドシェックと共演の協奏曲。

Mozart1Mozart2Mozart3

Mozart4Mozart5Mozart6Mozart7

すべての演奏は、これまでのCDとLPの収集ではモノラルしか確認できなかったものです。
しかも盤のプレスはベルギー。ヴァンデルノートの出身地であります。収録場所は(おそらく)フランスばかりではありますが、これは、秘蔵のステレオ収録版が実は存在しのたか?と一気に期待が膨らんだのは当然でありました。

早速、ステレオ針で(メインはピアニストですけど)モーツァルトの21番から再生にとりかかりました。
さぞや、音場が広がって、この演奏の未体験の境地に入るかと期待しておりますと、

・・・・・・・・・

ん~~、あれ?
音がスピーカーの真ん中、だけ、に集中している。
広がっているようではあるけどやはりセンターは真ん中に(意味不明)。
なんやこれ、モノラルちゃう?

そろっ、とモノラル針で再生。
音の広がり感はステレオ針とほぼ同様。
ところが音質はモノラル針に期待したような力強さは感じずかえってピンボケのよう。

変や。

ここで盤面チェック。ステレオかモノラルか、目視で判別できるか否か、自己を試してみます。

ん~~・・・

モノラルのようなダイナミックな彫りではない。
全体的に、瀬戸のベタなぎ、までいかなくても、平穏な瀬戸内海のよう。
これは、ステレオの盤面には、見える。

再度ステレオ針で再生。
モノラル針の再生の後に聴いて、カチッ、と収まり感があり、これで納得です。

仮説。
これはステレオ針で再生を予定したモノラル音声を収録している。

しかし、それならジャケットに、MONOと表示すべきではないか?
それをSTEREOとはいかに。
またこんな表示の仕方が許されるのか。あるいはベルギーではあり得る慣行なのか?


ここで最近、地元高松で入手したこれを聞きました。
グールドによるベートーヴェンの最後のピアノソナタ3曲。日本盤。

Beethoven1Beethoven2Beethoven3Beethoven4

ジャケット左上に、Monauralと明記しています。
盤面チェック。やや?これはステレオ針の盤面かも。
ステレオ針で再生。いや~、なかなか、いい。カチッとしたモノラルサウンドが出てきました。
改めてモノラル針で再生せずともこれはこれでいい、と納得でした。

レコードをしまおうとしましてジャケットの中を、ふ、と確かめましたら、あれ?こんなのが出てきました。

Beethoven5Beethoven6

細長いのはアンケート用紙ですね。小さい白い紙には、ジャケットのSTEREO表示はまちがいです、正しくはMONOです、と訂正表示していますけれど、実際のジャケットにはどこをさがしてもSTEREOと書かれていません。ジャケットが訂正後の版なのでしょうか?
ちょこっと面白かったので乗せました。これでこの日、「根っこ」さんで購入した中で最安値盤(ごひゃくえん)でありましたので、楽しめてコスパ抜群であります。


それで戻りますと、ヴァンデルノートの演奏は相変わらず(といってもレコードというか録音は万年同一!)素晴らしい。若々しい推進力と力強さ、決してもったいぶらない潔さ。この感触がハイドシェックと相性よく協奏曲では他で味わえないフランスでの若々しい妙味を醸し出しています。
交響曲では40番も素晴らしいけど41番ジュピターは私の中ではベスト5には入るものです。ジュピターの意味を改めて調べたら古代ローマ神話の最高神と出ました。威厳、それは何世代にもわたって培われた育ちの良さを備えた若者、たとえば日本では歌舞伎役者さんなどをイメージしてもはずれではないか。
気持いい演奏ですね。思い浮かぶのは、(少数派でしょうけど)若いころのサヴァリッシュの演奏も似ているようです。

収録曲のCDはこれらです。WAVE企画盤。

Mozart8Mozart9

ヴアンデルノートの肖像はなかなか見かけません。露出度抜群の指揮者某K氏とは好対照です。(世間的な指揮者の格においては比較の対象外になるのでしょうか?)
今回のLPでは、ロイ・オービソンばりの雰囲気でして、目元がよくわからんです。(ジャケットではハイドシェックの影がかなり薄いです。これはやはり指揮者の地元プレスゆえか?)

さらにハイドシェックがソロの協奏曲21番(モノ)でのCDではこんなところです。

Mozart10

Mozart11Mozart12

Mozart13Mozart14

あれ~、24番(モノ)のCDがあったはず、、、と探し続けて見当たらず、ネットで調べてみましたら、あら?24番はまだCDになってなかったモヨウ。そうかあ~。いや、しかし、どこかですでにCD化されているのかもしれん。とネット情報をにわかに信じない自分がいます。

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