14 posts categorized "豚珍館"

米のせいで日台戦争勃発?ペット・サウンズ。

シルバー・ウィークです。
一体今日月曜日は何の日?とカレンダーを見ると「敬老の日」。敬老の日は9月15日だろう!というのはもう古い感覚なんでしょうね。
けど一体どれだけ国民を休ませたら、いや、遊ばせたら気が済むのか?

それはさておいて、自分のブログを見返していましたら、学校の夏休みあたりから音楽ネタの盤ネタがないことに気づきました。
久しぶりに何か書いてみるか、いやそのつもりで聴いてみるか、とエサ箱をサラサラみていましたら、南西端の一番奥にあるエサ箱にフタがしてあるのでさらにその一番奥のほうを見ましたら、やや、これは台湾盤の群れ、を発見。さらに内容を見ていましたら、あら~、愛するこのタイトルが出てきました。

海濱少年合唱團
第二輯

Fls1362aFls1362bFls1362dFls1362e

英語表記は
THE BEACH BOYS PET SOUNDS
です。

「第一唱片」の製造販売のようですから、台湾盤、です。
ところが、第一唱片盤は、海外サイト(英語)では、韓国盤と説明されていたり、果ては日本盤と書かれていたのを見かけたこともあります。西洋からは極東は、いっしょくた、にされているようです。

Fls1362c

一見してわかるのは、ジャケットの簡便さ(あからさまに言うと、粗雑さ)。そして盤がオレンジのクリア盤。
他のタイトルではジャケット(と称するのもはばかられるほどの簡便さ)の印刷は(赤かオレンジあたりの)単色刷りがほとんど。手元のこれは黒・白それに赤に加えて黄色・緑色の部分がありますから、「カラフル」と評価してもいいのか、と。
確認したらジャケットと思われたのが単なる一枚の紙でありまして、開いたらこうなる、というシロモノです。

これは
バッタもんか?
との第一印象がぬぎいきれず、自然な流れで音質は劣悪かも、という先入観を持ってしまいます。
針が痛みやしないだろうか、という心配をしながら再生してみました。

アイヤ~~!!

しっかりした音!
聴ける!
が、A1の冒頭の感想です。
これはやはり正規盤だ。バッタもんじゃない。(当たり前といえば当たり前。台湾に失礼な!)
思わず両面聴き通してしまいました。アナログ快感にどっぷり。
針が傷むなどとっくに杞憂になっていました。

マトリックスはどうなってるのか?と見てみますと、まずは手書きで、
「第(の略字。ワープロで出てきませんので。)一ⓈFL-1362 A」
「第(上記同)一ⓈFL-1362 B」
とあります。
が、
やや?活字のマトリックスが見えます。老眼をこらしてよく見ますと、なんと!?

「DT-1-2458-A9 #2」
「DT-2-2458-A9」

こ、これは?
US盤のそれではないか?
おまけに、三角の中に「I AM」の刻印まで発見!間違いない!
USから台湾に流れてきたのに間違いありません。

かくなるうえは本家USのDT盤探索が開始されたのでした。

自宅内で発見したのはこの二枚。

Dt2458

まずマトリックスを読みますと、
左は、
「DT-1-2458-A9 #2」
「DT-2-2458-A9 #3」

これに対して右は、
「DT-1-2458-B10」
「DT-2-2458-A9 #3」

ちなみに、左右ともRIAAナンバーは「3」。

ご覧のとおり、台湾盤のサイド1と左US盤のサイド1が同一!
ついでに、左US盤のサイド2と右US盤のサイド2も同一!
ただ、台湾盤のサイド2の#なしの単なるA9は発見に及ばず。

あとは聴き比べ。
サイド1で勝負すべきところ、好みの曲でどうしてもサイド2冒頭から。
台湾盤の音はしっかりしていますし、2曲目のサウンドは「シンフォニック」と表現されるこのアルバムの特徴をよく出しています。
ここで左US盤のサイド2と交替。

アイヤ~~!!

USアーミーいや、US盤の圧勝。
音の分離と見通しの良さは格段の差。それに、この曲独特のヴォーカルの粘性が見事に表出されています。
これは軍事力いやいや突撃慣れかブレス慣れの圧倒的大差でありましょう。
T盤もいいけど、DT盤もいいわあ~。

そこで、ふと思いついたのが、これ。

Cp7560aCp7560bCp7560cCp7560d

Cp7560eCp7560f

我が日本軍の誇る日本盤の赤盤。ただし、自宅の秘蔵ウェポン(何?)は表に出さず秘蔵のままにして、カジュアルに使用いや再生可能な帯なし赤盤を出撃させました。マトリックスは、
「DT1-2458 3 (JISマーク)」「G6」
「DT2-2458 5 (JISマーク)」
B1の一曲勝負。

極東の紛争、日台戦争勃発か?

日→台→日→台→日・・・
と聞き続けまして、最初日本盤の鮮明さにこちらの勝ちか、と思う間に、台湾盤の低域の充実。本家USのメタル・マザーの威力か。さらに比較してみますと、日本盤はヴォーカルが綺麗に出ているものの低域は台湾版に数歩譲る。終始鳴る鈴の音は周囲の音にまぎれているようです。
これに対し、台湾盤は、低域のベースラインがボンボンでるUS譲りの迫力に加えて、鈴の音が前面に出てきて立体的。
残念ながら、台湾盤の優性です。負け惜しみながらも日本盤は大人しくも上品に仕上げているか、と。

台湾盤のレーベルには、「56.1.20出版」とあります。
これは、(中華)民国56年1月20日を表すものでしょうから西暦1967年になります。

さて、日台戦争のあとに、締めはやはりUS盤。上記左盤でB1再生です。

アイヤ~~~!

この圧倒的パワー。
音圧の高さにヴォーカルの押し出しに発声後の余韻。
低域を支えるベースとピアノの鳴りの良さ。
全身鳥肌ものであります。
日台とは、お話になりません。世界の覇権国家たるUSの底力を見ました。

全盤同一条件で再生。音量つまみは不変。カートリッジはオルトフォン・マイスター。

それにしましても、

アコリバ777のお蔭か、音がずいぶんと整った印象がします。

あとは建物か。。。このキャヴァーン、いや穴倉。
タンノイは躯体の大きさに見合う広々とした空間で鳴らしたいですよね。

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退院-アンチ・バリアフリー・ハウス。

12月14日・日曜日。

無事退院できました。
医療センターの医師の先生、看護師の方々、スタッフのみなさま、大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

医学の有難さが身に沁みた今回の経験でした。
江戸時代に同じケガをしたらどうなった?と考えてみる。壊死して右膝から下を切断して命が助かるのが大方のところか。運が悪ければそのまま命を失ったかもしれない。
近現代の医学のある時代に生きる幸せです。

さて帰宅して久しぶりの我が家。
家族の顔を見てさらに和んでみたものの、用事でちょっと移動しようとしても、階段と段差の多いこと。
アンチ・バリアフリー・ハウス。
先見性と想像力の欠如は覆い隠しようがない家。
詳細は追って。

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また、座れなくなってしまった。

7月6日・日曜日。
午後から雨が降り出した。

室内で音楽を楽しんではいるものの、状況はこのとおり。

20140706

こちらのドアからあちらのドアまで、ストレスなく歩けるようになる、との目標はいまだ実現せず。
それどころか椅子に座ることが、また、できなくなってしまった。

どうにもいかんなあ。これは。

いっそのこと、さるお方のように、音楽堂の離れ、でも欲しくなります。

季節もそろそろ高温多湿の時期。
確かに今朝はこの部屋(当家の設計士は終始「納戸」と図面に記載。こちらは音楽の部屋と主張。記載は逃げ道か?)、レコード店の匂いになってきました。
実はこれは危険信号。大敵のカビを防止することに神経を使う季節でもあります。

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今年後半の始まり。

7月1日・火曜日。

今年平成26年(2014年)の後半が始まりました。
あっという間の半年でした。

夏至から10日ほど過ぎた朝日はまだずいぶんと北の方から上ります。

20140701

それにしても、周りの風景は絵になるが、絵にならないのは屋上。

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初・本格的模様替え。

2007年暮れの転居以来、自宅の躯体もインテリアも、改装と呼ぶことは一切なく、少々の家具類の変更、位置替え程度で過ごしてきました。

今回、1階の旧事務所・事務局部分の家具を撤去し入れ替えを断行しました。

転居以来微動だにせず鎮座し続けた事務局大テーブル。
イタリア製のこれはこれ自体でこじゃれた品でありました。選択してくれた家具屋さんのセンスは間違いありません。

20140418a20140418d

ところが、結論は建物と調和がとれていなかったようです。
この家具は、たとえば、表参道あたりで通りに面してガラス張りのデザインかファッション系のオフィスに家具自体の美しさを外から目にするように配置するのが本来の使用法と感じます。
それが詫間の建物の奥まったところではねえ。。。
オレンジ色の外装の美しさはライティングのひどさが原因で、終始くすんだ色目にしか見えませんでした。帰宅するたびにこのくすんだ色合いを見て、イラっ、とする種でした。

20140418b

まさに、素材の良さを「コロス」設計士の真骨頂でありまして、どうして家具屋さんとのコラボを活かせなかったのか?コミュニケーションでしょうねぇ。

4月18日・金曜日はこの眺め慣れた家具ともお別れ。
どうして私たち別れなければならなかったのでしょう、というセリフでも出そうです。

20140418c20140418e

昼過ぎには家具屋さんが搬出作業に訪れました。

20140418a_2

同時にストックルームで保存していた遊休家具をリバイバル搬入したのです。
今回の改装の大きな目的に、
バリアフリー化
がありました。
つまり、1階でも、御来客に対応できるように、と考えたのです。

この自宅に転居して数多くの御来客と応対して痛感しました。それは、
世の中に足の具合の悪い人たちがなんと多いことよ。
でした。
普段は、人の足が悪い様子を目にすることはありません。
自分自身がまだまだ足は大丈夫で心配したことすらありません。
ところが2階への階段を案内すると、ためらう人、小さく嘆息する人、そして上り下りに難儀する人、そんな方々を目の当たりにして、この建物は、

アンチ・バリアフリー建物

の称号を付してしまいました。
設計士(そしてもちろん施主の私)の想像力の欠如でしょう。来るべき超・高齢化社会においてけぼりされそうな勢いです。

ま、それはそれとして、家具屋さんの搬出・搬入作業を途中まで確認して、私はあとは家人に任せて高松の仕事場に向かいました。

夜、帰宅して、会議テーブルと会議用チェアの整然と並ぶ姿を想像して室内に入りますと。。。

20140418b_2

あれ?
ストックルームでの姿そのまま。
組み立てて、ない。

これはどうしたことか。あわてて家具屋さんに、困惑していますメール、を送信しましたら、それはすいません、聞いていなかったもので、いつうかがいましょう、という反応に一安心したものの、消費税特需の関係で来てくれるのはGW明けまで無理、との回答も頂戴しました。

とはいえ、足の悪い方がいらっしゃることを止めることはできません。
さっそく、1階のテーブルでお話を聞く機会がやってきました。
ここから次の章は始まる、という姿であります。

20140419

それでは、と私が組み立て始めたのでありまた。
ドイツ製の高級と言われる事務用家具であります。それでも高松の仕事場にも2つ。自宅の2階にも1つ。見本がありますから、時間の合間に、見よう見まねで組み立てました。
作業に便利な工具は西村ジョイまで探しにいきまして、なんとか組み立て終えたのが4月25日になりました。
なんだ、組み立ててみれば無印と変わらないじゃないか、というと怒られるでしょうか。

20140425a

ところが、高級家具よろしく、たいへんたいへん、重い。
ひっくりかえして組み立てていた会議テーブルを傷つけずに裏返すのは大人一人では到底無理と悟りました。
家族を動員してなんとかまともな上下になりました。家族が多いというのは助かります。

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そうして4月28日・月曜日に1階2階でぐるぐるっと家具と機材を移動させてイメージに一気に近づけたのでした。

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1階の床面積との比率でこれくらいのデスクとテーブルがいいですし、全体にフラットな印象で開放的になりました。
流しと会議テーブルとの距離が一気に縮み、お茶出しが楽になります。

コピー機は旧待合室(玄関から奥まった場所にありお客様の動線として極めて不合理でした。)のソファを出して移設しました。長いコードで、とりあえずの接続を確認しました。

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4月29日・火曜日・昭和の日、はケンウッドのオーディオを久しぶりに復活。事務所独立の折に設備として導入していた記念品です。
グールドのハイドンのソナタを綺麗に再生してくれました。

20140429

ああ、なんだか、玄関から入った最初の部屋の通りが良くなりました。
以前は、ドーンとくすんだオレンジ色と床から生えたコードの醜態が迎えてくれていたものを。
件の設計士の発散する無神経とノー・センスに、6年たってようやく風穴が空いたようです。


それにしても、富士ゼロックスのbeat。うるさいなあ。
高松は移設したけど、三豊では室内でうなっている。次はこれか。

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「変わった家」。

つい先日、私の自宅を初めて訪ねる町内の人がいました。

ところが、あの辺か、と思い定めてやってきたのに、なかなか目的地に着けません。
近所の神社の麓の商店近くの場所で、私の自宅までの道を尋ねたところ、町内の人は、

これこれのお店のところを、あっちにまがって行くと、「変わった家」が見えるからすぐわかります。

と案内したと言います。

そんな案内を受けた当人は指示うされたままに進みましても、これがなかなかわからなくてまた迷ったとのこと。

そうかあ、ご近所の方にとってうちは、

「変わった家」

なんだあ。

これが変じて、

「変な家」

かも。

しかも、前を通ってもその変わった加減が気づかれずに通り過ぎられるという、

目立たなさ。

なんだか、
件の設計士の空気感の反映のような。

そう思うと

おかしくて。

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この建物。

これを書かずに死ねるか。

この6年間、私の最も大きな日常的ストレスとなってきた原因。
それは、この建物。
現・自宅、です。

20131031

引き渡しを受けたのは平成19年2007年12月のことでした。
完成した建物の中を一巡して、感じた、私の率直な思い。それは、

つかまされた。

でした。
つまり、

だまされた。

です。

誤解されては困りますので注釈しますと、建築していただいた建設会社さんは、それは、実直な仕事をしてくれました。担当者の方も、同様、実直、そのもののお方でした。
つまり、建物の躯体は、私が「南海大地震にも耐えられるように。」との注文には応えてくれた、、しっかりした建物に仕上げてくれました。
その事実は、住み始めてからこれまで数回遭遇した地震でも体感しました。しっかりした躯体が底からそのまま揺さぶられていて「箱」としての建物それ自体はきしみもしない、という感覚、です。
ですから、建設会社さんのお仕事ぶりには、感謝しています。

ただ、人間になぞらえれば、健康診断での数値がすべて「健康」を示して健康・壮健・頑強であったとしても、その薄皮一枚上のパーツの配列、皮膚の色合い、で
美醜
が決定されることを考えたら、この建物が頑強であったとしても、目にする人をして、
美しい、
心地良い、
とは印象づけらるとは限らないのです。

そう、この建物は、住んでみて、
醜い、
と言わざるを得ない。

問題は、間取り、あるいは、内装、のもっばらソフト面であったのです。

私は、
リゾート・ホテルのような感覚で。
と伝えていました。
それなのに、たとえば、プライベートでアルマーニのカジュアルでくつろぎたい、と思いつつ、それが、チンドン屋さんの衣装を身に着けることを強要されて我慢しているごとし、なのです。
詳細は、追って、今後も述べて続けたいところですが、わかりやすく一点に絞れば、帰宅する際、この建物の主して帰宅することに、誇りを感じません。
それどころか、恥ずかしくさえ、感じるのです。

なんでそうなったのか。

初めて建物を建てる自分の不勉強であった、とまずは反省の弁を述べましょう。

しかし、もう一つ重要なことは、建築会社に指示をしていた、ヘッドたる、設計士と私とのコミュニケーションの不全。さらには設計士自身のセンスのなさ、あるいは、能力の低さ、に原因を求めています。

具体例その一。
もう建築も済んだころ、ある人から、「この建物の模型は作ってもらったのですか?」と聞かれました。
私は、「いいえ。」と即答しますと、質問した人は驚き「この規模の建物で模型がなかったのですか?」とさらに聞かれました。
私は、模型があってしかるべきだ、という事実を知って、さらに驚きました。
たしかに、模型なんて、示されたことはありません。
ただ、平面図。そして紙の上の立面図、のみでした。
そんな二次元産物を見ても、この建物の隅々に至るまでのイメージは、正直、把握できていませんでした。

具体例その二。
私のイメージする建物の姿、そして内部の様子、について、各種雑誌に掲載されている写真などをピックアップして、「自分はこんなイメージで建てたい。」と、イメージ伝達すべきなのに、それが不全のまま、であったこと。
仕事で忙し過ぎて、十分伝達する機会が実現しなかった、ということです。

それらはさておき、今後も、具体例は、記事にしてご紹介したいところですが、建築もほぼ全てを終えようとしていたある日、雑談の席で、件の設計士が発した言葉。

「この五年間、香川県を出たことがないんです。」(!)

私は同席していた人と見合わせました。

「だって、ぼくは断言しますが、旅をしないひとは(少なくとも芸術や学問にたずさわるひとたちでは)まったく哀れな人間です!」(モーツァルト書簡集)

この瞬間、私は、人生最大の買い物において、人選を明らかに間違えた、と悟りました。

少なくとも、この五年間は日本一狭い香川県から外に出なかった。
なら、東京あたりの高級ホテルという場所も体感したことないよね。沖縄あたりのリゾートホテルも。

さらには、それを「悪」と感じない。
ということは、少なくとも日本において新たに建築された建築物(ホテルに限らず商業施設等々も)を知らず、その建築物の内部に自らの身を置いてどう感じるか、という体験をしなかった、ということを赤裸々に告白しているのですから、それは自らの職業に照らして、本来は、極めて恥ずべきことと思うのです。

しかも、件の設計士は上の言葉を恥ずべきことと述べたのではありません。それどころか、「それほど倹約しているんだ。」とでも言いたげに、胸を張ったように述べたのです!

私は、件の設計士と、到底、合わない人だった、とさらに悟りました。
そういえば、建築途上にも、
あれ?
と思うエピソードには事欠かなかったところ、結局、私とは同じ空気を共有することのできない人間だ、と、愚かな建物の完成間近に悟ったのです。
なんて残酷な!

そうして、だから、私はその人物が、資格を有する設計士としてこの世に存在することすら、もう許せないのです。

もうひとつ言います。
許せないこと。それは、子供たちの育つスペースの絶望的な不全。
私の子供たちの重要な十代を送る家として、その、勉強するスペース、寝て休むスペース、において、決定的に不足、そして余裕が欠落しているのです。

私の人生をコロし、
それに足りず、
子供たちの人生をコロすのか。
この人は?

と言いたい。

ですから、住宅ローンの支払いそれ自体が、苦痛、極まりない。
ドブにお金を捨てるような。
これほどのストレスを、人は、想像できるでしょうか?

では、この建物の引き渡しを受けた時に、私の人生は終わってしまったのか?

いや、そうではない。
次の私のライフ・ワークがあるから。
それは、
この建物を叩き潰すこと。

このままほおっておけば私の生より長く生き永らえる。この建物。
私が死んで世の中から消えても、この建物は世の中に存在し続ける。
そうなると、私が言い訳することすらできず、この建物の施主としての汚名を受け続ける。
それは、どうしても、我慢ならん。

私の生のあるうちに、この建物を完膚なきまでに叩き壊し、まずは更地にして、そこから再度、立て直すこと、それが私に今課された課題と認識しているのです。

一生に三度建てて納得できる建物になる。

とは良く言われますが、せめて、二度目の僥倖に預かりたい。

そう。最低限、この建物はこの世から消えてほしい。
原寸大の模型を作って練習したと思えば、という人もいます。
そうなんです。どう転んでも、最後は施主であった私個人の責任になってしまうのです。人選ミスも含め、すべては私の責任。

これを書かずに死ねるか。

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朝飯前の一作業。

日曜日(21日)の早朝、自宅内の植木を空き地に植え替える作業をしました。
屋上にあったシークワーサー。5鉢。
もう駄目かと思うこと数回、そのたびに奇跡の復活を遂げて南方の植物の生命力の強さを印象づけていましたが、ここにきて、ちょっと面倒見切れない、と思うようになりました。その原因は、自分の多忙さにもありますが、最大の問題は、水がやれない!屋上の蛇口があるのに水が(ろくに)出ない!水圧不足、ポンプの揚力不足にあります。こんなポンプと蛇口、とりつけて意味があったの?と怒りを新たにする。
3階のベランダに置いていた、とげなし柚子。
大風で何度か倒されて気が付いたら鉢が割れていました。

日が昇り明るくなってもまだ暑くない。軽トラに積んで植え替え終えたらまだ6時前でした。
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もったいない空間-最も眺めがいいはずなのに。

金曜日。たまたまたいした用事もないところに、(安いけれど)大きな家具が配送される日に指定されたから、さらに用事をよけて待ち構えています。
子供たちがみんな学校に出た自宅で静かに自分の用事をするのはこんなにも快適です。
高松のオフィスともオンラインでつながっているため、自宅内のそこかしこに配置したパソコンから、ワードの作業や指示出しもできます。在宅勤務の理想の姿かもしれません。

とはいえ、家具を迎えるのは最上階の4階の北東(鬼門)にあるウォークイン・クローゼット。
クールビズの影響で、勢力が著しく衰退しているネクタイのためのネクタイかけを壁に取り付けていたものを自分で取り外しました。
そしてこれまでのすべての家具を撤去して掃除機がけと雑巾がけ。
さっぱりしました。
20130607a20130607b
ところがこの部屋、我が自宅では、最も眺めの良い場所の一つではあります。
20130607c
そんな場所が、
クローゼット。。。

設計士氏はなんとも思わなかったのでしょうか。。。

さらに、クローゼットは、アイロン、ズボンプレッサー、防寒ヒーター、補助照明等々で案外電気製品の必要がある場所であることを知りました。
なのに、コンセントは一か所のみ。。。
他の場所で感じるコンセントの絶望的なほどの少なさはここでも例外ではありません。
設計士氏の想像力の乏しさは一貫しています。

ところが当の設計士氏は私の自宅について、空間を使い切った、とかなんとか、書いているようですが、、、
なんでこんなところに柱が飛び出ているの?その向こうはデッドスペース?その上には造りつけの棚でもあれば収納力がアップしたはずなのに、大きな空間が空いてしますし?そもそもこんな眺めのいい場所を普段は衣類の収納場所にしておくのが空間の活用としてどうなの?
と疑問符は延々と続きます。

それにここの出窓、上に庇がないから、雨音が出窓の天板に当たる音がにぎやかなんですよね。
これも設計士にはわからなかったのだろうか?

この部屋にクローゼットの機能を与えながら、肝心のハンガーをかける位置が異様に高すぎはしないか(ジャイアント・ババアの家)?
ハンガーをかければ当然、服の(肩)幅はスペースが必要なのに、それを考えていないフシがあるのでは?

毎日、ここに立ち入るたびに、(無神経・無能・不合理・矛盾に)怒り、を感じるのですが、書いていたらさらに腹が立ちますね。

体によくないです。

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トーヨー・キッチンの神秘。

9月8日・土曜日。

午前は出先での仕事。

午後は自宅でご来客。

そんな合間で、キッチンの棚の不調を修理。棚のスプリングが5年弱で駄目になり上まで上がらなくなりました。
業者さんが来て部品交換作業をしてくれました。おかげで調子よくなりました。

ところで、この棚、そもそも規定よりかなり高く設置されています。
最初、私が普通に立った目線で、「なんだろう?この突起物は。」というものが取りついていました。動かそう、はずしてみよう、としても動きません、はずれません。
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踏み台に乗ってよく見ると、
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なんと?!
食器洗い後の皿の水切り場なのでした!!

起立した目線から上にあるため、何であるのか、わかりませんでした。
こんなところにこんな物が存在しても、使えません。あまりに高すぎて。

棚の下に窓を設置したものの規定よりかなり高い位置に棚がとりついたために、身長176センチの私が手をもっとも上に伸ばしてようやくはねあがった棚の扉に手がかかり閉めることができるくらいです。普通の主婦ではとても無理!
20120908b
うちは、ジャイアント・ババア、の家か?

これは設計士の完全なミスでしょう。
せっかくの良質のキッチンという素材を、殺して、います。
(ちなみに件の設計士のキーワードは「コロス」です。何もかも殺してくれているのです。)

不思議なのは、キッチン・メーカーの担当者は自社の商品が現地で取り付けられた状況に異議を述べなかったのでしょうか?
それが不思議です。自社商品が殺されているのに。
トーヨー・キッチンの神秘です。

洗い後の皿置き場は、この機会に取りはずしてもらいました。成仏してください。
20120908c

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