7 posts categorized "人権"

幻の横浜出張。

5月18日・月曜日。
午後に横浜の裁判所でのお仕事が予定されていました。
それが、いろいろ諸事情がありまして、出頭せず。
幻となりました。

そうして、地元で仕事になりましたところ、
午前は高松オフィス。
午後は観音寺オフィス。
夕刻は三豊オフィス。
そして、夜から深夜は再び高松オフィスで、と、
クルクル回ってお仕事する日になりました。

最後には宿直受付もありましたし。

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刑務所。

今日、弁護士会の人権擁護委員会の委員として高松刑務所に調査のため赴いた。
たくさんの思うところ言いたいことはあるが、あえて一言、言うと
人間(自分を含む)はみな狂っている、
だ。
気分暗い。
「狂人の主催するオリンピック」(芥川)かあぁ。。
ブツブツ。

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中国人留学生。

新聞各紙で香川大学における中国人留学生に対するアカハラ疑惑が報道されてしまった。
同留学生らの代理人となって人権救済申立て手続きなどに協力してきたが、今日一日、マスコミからの問い合わせへの対応に大変だった。申立てを受け付けていると報道された香川県弁護士会のほうがさらに大変であったらしい。
人権とは人格とほぼ同義に思える。当の留学生は、故国の仕事を辞めてキャリアアップの目的をもって来日した。アルバイトと勉学との両立に努力し、日本語検定も一級に合格して、通常の日本語会話も日本文作成もまったく支障がない。かなり優秀で真面目な方と思う。
日本の国立大学です、と看板を掲げて、このような人を一旦引き受けておきながら、一担当教官が数年間も囲い込んで学問・研究の機会を喪失させたことは、そのような優秀な人の人生の数年間を無駄にさせたこととなり、人格に対する蹂躙と評価できると考える。チェックできなかった、放置していた、大学側の責任は重大と感じる。
この大学はダメだ、と判断して他の大学に行けば?という意見もひょっとしてあるかもしれないが、職を辞してまで来日しているのであるから、そのような転向が簡単にできるはずがない。(職場でのセクハラで「さっさと辞めて転職したら」と言うのが当人には無理な話であるのと同様である。)
もちろん、この問題は国籍が争点ではない。日本人であっても、勉学研究したい、それができる場だと信じて、教育研究機関の支配下に入りながら、勉学研究の機会を与えられない・奪われた、のであればそれも人格蹂躙である。(教育機関側がプログラム・講義などの適正なシステムを提供しながらさぼる学生は自己責任に過ぎないのは当然。)
今後は担当機関での厳正な調査に委ねたい。

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高松高裁。

高松高裁で靖国神社公式参拝訴訟の控訴審判決があった。
私はまったく関与していない。
判決は、憲法判断に入ることなく、原告らの慰謝料請求を退けた。
首相が肩書きつけて公式に参拝することが、政教分離を定めた憲法に違反するのは明白だと、私は思う。
参拝はまさに宗教的行為である。首相が公的地位のもとで参拝すれば、その宗教に対する助長・促進的効果が発生すると評価できるではないか。首相とはいえ個人の信教の自由はあるから、プライベートに参拝すれば足りるし、憲法上できるのはそこまで。
高裁の前部長、何考えてんだろ。理解に苦しむ。

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報道。

今日、予想どおり、新聞で報道された。
昨日、漁協の正組合員資格の認定に関する女性組合員が提起した訴訟について書いた。その訴訟の判決結果が新聞報道されたのである。
私が見た範囲では、四国新聞(共同通信)、朝日新聞、毎日新聞の三紙。
その三紙を読み比べると、同じ事件についても、記者によって書き方がずいぶん違うなあ、と妙に感心した。

厳密には「正組合員」の資格に関する争いであるところ、四国新聞は、単に「組合員」とのみ記載しており、他の二紙は「正」を省いていなかった。
朝日・毎日は、今回の訴訟に先立つ、前回の男女差別訴訟についても触れていた。毎日は、今回の降格が、前回の訴訟の報復的な色彩があると感じられるように書かれている。
判決を受けての当事者双方のコメントを載せたのは毎日のみである。
総体的に、手際よく、情報が豊富なのは毎日か。

その毎日の情報では、漁協はどうやら控訴する方針のようである。
非を素直に認める潔さも大事と思うが。
万が一控訴されたら、もちろん、受けて立ちましょう。(あ、これは当事者本人が決めることでした。代理人が言うことではありませんでした。)

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女性差別。

今日、高松地裁から勝訴判決を得た。
高松市瀬戸内漁協の女性組合員が同漁協を訴えていたものだ。私は女性組合員の代理人をつとめていた。
事案は、当該女性組合員は水産業協同組合法にいう正組合員の資格を有するべきであるにもかかわらず、組合から不当に准組合員に降格された、その降格処分が違法であるから慰謝料を支払え、という請求事案である。
これに対して、同地裁は原告の主張をほぼ全面的に認めて、同組合による降格処分の不当性・違法性を認定して慰謝料等の支払いを命じてくれた。
明日の新聞には掲載されるはずである。

この事案は長い来歴がある。
同組合に対し、同じ原告が訴訟を提起した前の案件があった。それは、今回と同じ女性正(当時)組合員が海砂利採取料等の漁業補償金の組合内の配分をめぐり、女性であることを理由として配分しない、その点について男性正組合員と差別した、という事案であった。これも原告の主張をほぼ全面的に認めていただき、高松高裁判決で確定した。これは判例タイムスに掲載された。

前回の判決のあとも同漁協は反省の色を見せず、前回訴訟の原告女性に加えて、その義妹も含めて今回は正組合員から准組合員に報復的に降格させた、ものと思われる。

地方においても、戦後60年を経て、「家」制度や男女差別、の考え方が克服されてきており、住民の努力がうかがえる。ところが、一部業種や一部の地域・世代においてはまだまだ根強いものがある。

地元水産業という業種、ことに漁協をめぐっては、上記の問題のほかにも解決すべき多くの問題が見受けられる。
その問題は、ひとり司法のみによって全面的に解決できるとは思わない。行政、地方自治そして教育その他多方面の方策による努力なくしては真の解決が図られない、と感じる。

いずれにしても、当事者である原告本人の意思と信念がこれほどまでに固くないと、貫徹しなかった事件である。女性原告らの信念に少しでも助力ができて、弁護士として幸せである。
海で働く人たちに限らずすべての人が、人権を侵害されることなく、ストレスも抑圧もなく、円満に、幸せに、人格の展開をはかって個性と能力を十分発揮して、暮らせる社会が実現されますように。

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刑務所シンポ。

20040904
2004年9月4日午後1時から、日本弁護士連合会(東京)において、「国際人権シンポジウム21世紀の刑務所改革-国民に理解され支えられる刑務所を目指して」が開かれた。

基調講演「社会復帰のための積極的プログラムの意義」
 アンドリュー・コイル氏(ロンドン大学キングズカレッジ国際刑務所研究センター所長)
基調講演「刑務所改革のためNGOは何ができるか-世界の体験から-」
 ヴィヴイアン・スターン氏(ロンドン大学キングズカレッジ国際刑務所研究センター上級研究員)

パネル・ディスカッション「21世紀の刑務所改革-国民に理解され支えられる刑務所を目指して」
パネリスト
 アンドリュー・コイル氏
 ヴィヴィアン・スターン氏
 赤池一将 龍谷大学法学部教授
 太田達也 慶應義塾大学法学部助教授
 富山 聡 法務省矯正局矯正調査官
コーディネーター
 海渡雄一 弁護士

総合司会
 水野英樹 弁護士
 田鎖麻衣子弁護士

内容
一 基調講演「社会復帰のための積極的プログラムの意義」
   アンドリュー・コイル氏
1 民主的社会における刑務所の役割
  民主的社会において、刑務所は他の代替手段が存在しない場合にのみ用いられるべきであり、最小限必要な期間に限って収容すべきである。
2 良好な刑務所運営の原則
  刑務所は、それだけで孤立して存在しているのではない。刑務所は、市民社会の一部であり、民主的な意思決定プロセスに対して責任を負う必要がある。
 刑務所運営に責任を持つ政府省庁は、刑務所に収容された者の処遇について絶対的な義務を負っている。
3 保安および管理と職員の被収容者とのよい関係性-すなわち、いかに職員と被収容者が争うことなく互いに助  け合っていけるのか-という両者間におけるバランスの必要性
  刑務所は、被収容者と職員、さらには刑務所を訪れるすべての人々にとって、品位があり、かつ人道的であることが尊重される場所でなければならない。
4 刑務所を運営するにあたっての倫理的及び法的枠組み
  刑務所運営の最も良好で効果的な方法は、国際人権基準を尊重した枠組みの中に存在する。

  刑務所システムは、きわめて文化的なものであるがゆえに、正しい刑務所モデルは存在しない。刑務所は、それが存在する国において、それぞれの国の文化を反映するものである。
  しかし、世界共通の人道性原則に基礎を置いたところの、刑務所設置に適用される原則がある。それは市民的及び政治的権利に関する国際規約第10条である。
  自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間固有の尊厳を尊重して、取り扱われる
    
  現実に世界に存在する拘禁施設の使用に関し、5つのグループに分けることができる。

二 基調講演「刑務所改革のためNGOは何ができるか-世界の体験から-」
   ヴィヴイアン・スターン氏
1 刑務所改革における市民団体の関与
  被収容者の処遇に関する議論における市民団体の関与
  刑務所システムそのものへの市民団体の関与
  刑務所の外側から来る人々と一方で収容されている人々との協働
2 イギリスにおける実践
  各刑務所に1つ設置されている独立監視委員会の活動
  個人個人の被収容者への人道的側面からの支援、外部世界からまったく忘れられていないことを被収容者に気づかせるような活動
3 回復的刑務所
  犯罪によって生じた損害を修復し回復させるとの基本的な考え方に基づいている刑務所
 効果
 ・犯罪被害者なその経験への認識が刑務所で高まった
 ・利他主義を実行に移す、つまり他人の利益になる活動を行う幅広い機会が被収容者に与えられるようになった
 ・刑務所とこれが存在する町や地域との間に新たな関係性が生まれた
 ・刑務所内での、被収容者間、被収容者と職員間及び職員間での諍いや争いを治めるための新たなあるいはより和解的な方法が生み出された 

三 パネル・ディスカッション「21世紀の刑務所改革-国民に理解され支えられる刑務所を目指して」
1 民主社会において刑務所をどう使うか、あるいはどう使ってはいけないか。
2 刑務所改革のプログラム
3 刑務所運営への市民参加と運営の透明性

刑務所がその所在する国の文化の反映であるならば、現状あるがままで、ことさら何を変えよう?とも言えなくない。刑務所をよりよくする行動を突き動かす根源はなんだろう、そんなことを考えた。
抽象的に言えば、刑務所もわれわれ社会の一部であり、そこは非違行為をした者を、その所属する社会がどう取り扱うかを示す、モデルのようなもの、だから社会をよりよくするのと同様に刑務所もよくしよう、ということか?
より人間らしく扱い、より良き更生を図る。
納税者である国民の理解を得ること。
刑務所での更生の問題は、翻れば一人一人の国民の課題でもあること。
んー、なんか背景はキリスト教的博愛・ヒューマニズムだろうか。。

シンポを終えたあと、渋谷でCoccoの新しい絵本の原画展を拝見。

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