356 posts categorized "旅行・地域"

大阪出張-人身事故の影響。

6月14日・木曜日。
仕事で大阪の裁判所へ。移動は新幹線でした。
帰りに大阪駅の当日券販売窓口にとりつきましたら、女性職員さんから、人身事故の影響でダイヤが読めない状態になっているのを知らされました。とりあえず新大阪駅始発の九州新幹線の座席を確保したほうが確実かと思われるとのことでそのようにしました。時間にかなりの余裕ができました。
それでも新大阪駅まで移動しましたら、列車はほぼマヒ状態のようです。
そこで到着した下りののぞみに飛び乗りました。指定席との差額は車内清算すればよし、と。
行先は博多ののぞみでしたが新大阪を走り出してすぐに、この列車は広島行きに変更させていただきます、とのアナウンスが流れました。車内では車掌さんも地上との連絡で手がふさがっているようです。
報道された画像が徐々にスマホでみられるようになりましたら、先頭が壊れた車両の映像が出てきました。やはりどうも人が当たったようだ。けど動物ではないのか、熊とか鹿とか猪とか。
あっと言う間に岡山となりましたが、駅を目前にして停止。岡山駅のホームに前の列車があるためホームが満車状態でなかなかたどり着けません。ようやく順番が来たら岡山駅前で停止してからゆうに20分は経過していました。
しかもホーム到着直前に車内アナウンスは、この列車の行先は岡山に変更させていただきます、というのです。
それ、行先変更、というより、運航打ち止め、打ち切り、じゃないの?と言いたくなります。
岡山から先を目的地としていた乗客の皆さんは、
え~!?
という表情をあからさまにして降車せざるを得ませんでした。

20180614

私が乗り換えたのは土讃線の特急。
多度津で乗り換えて普通電車で無事帰宅できたのでありました。
自宅到着は午後10時過ぎ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

北海道みやげ。

三番目の子どもが修学旅行から無事帰宅しました。
私へのお土産はこれ。

20180610

限定ものでしたらはずしは少ないですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

東京の日常。

5月5日・土曜日、こどもの日。
今回の東京の旅最終日です。
せっかくですから学習院大学の構内を見学しようと考えました。

20180505a

校門の開門は午前8時。学外の人が構内に立ち入ることができるのは午前9時以降で、しかも記帳が必要とのこと。満を持して訪ねました。
守衛さんに指示されて代表者として私の名前を記載し、私の携帯番号を記入するまでしたところ、守衛さんが、
「何人ですか?」と聞きますから、正直に、
「5人です。」(大学に進学した子は半日別行動のため不在)と答えたところが、
「3人までであればここで受付できます。それを超えると総務に事前の予約が必要です。このままではできません。」と言います。
え~?
「じゃ、代表者を二人にして、3人と2人の申請にすることはできませんか?」と食い下がりましたら、「決まりですからそれはできません。こちらの立場もありますから。」と言い、とりつくしまなし。
天皇家の御子息を預かる、将来の天皇を預かる、との使命感ゆえと善解しますが、前日の早稲田の素通り状態とはまったく別次元のガードの固さ。
巨大な都心の森を目の前にして踵を返したとても爽やかな初夏の朝でした。

ホテルをチェックアウトして大学生の子どもの部屋に一同転がり込みました。
その後は、自分の趣味の追及に銀座に向かう人、子どものうちの一部がつるんでターミナル駅前まで探検する子供たち、そして私は子どもの部屋の備品のさらなる調達のために池袋駅東口まで向かったのでした。
それはまるで、子どもの部屋が自宅であって、そこを拠点として家族がめいめいの目的で出かけたかのように。

20180505b

ついでに私の趣味も満たして「帰宅」しました。
最終便の飛行機のために学生の子どもを残して他の家族は香川への帰還の旅を始めました。
目白駅から。

20180505e

羽田空港第2ターミナルは、GW終盤に移動する旅人のためにとんでもない混雑のさなかでありました。

20180505f

こうして今年のゴールデンウィークの激しくも楽しい旅は無事終了となりました。
予報では荒天が危惧されたのが、フタを開ければほぼ好天。傘は無用の旅でした。持って行きませんでしたが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

旧友再会!2

5月4日・金曜日。
学齢期の子どもたちを引率する親が、東京を訪れたらまずすることは大学周りではないでしょうか?
朝から近隣の大学を見学するツアーです。
私自身の母校、早稲田も訪ねました。
大隈講堂と大隈候銅像の風景は変わることなし。

20180504a

法職課程で、近藤仁一先生の刑法の講座を聴かせていただいた建物。建物も中の匂いも昔、それは40年近く前、とまったく変わりませんでした。現総長の鎌田薫先生の物権の講義もここで聴かせていただいた記憶があります。

20180504b

法学部の8号館はずいぶん立派な建物に変身していましたがこれは一昨年夏の旅ですでに知っていたこと。
昭和のあの混沌とした建物の空気感はいまいずこ。

20180504c

さてアカデミックな空気を吸ったら、子どもたちが、有名人と会いたい、との所望に些かでも応じられないかとの期待で、NHKを目指しました。見学コースを頼りにしました。
渋谷のスクランブル交差点は相変わらず休日の群衆で溢れています。

20180504d

NHKの見学コースでありますスタジオパークはなんと無料期間でありました。

20180504e

20180504f

そういえば、一番上の子が当選して、おかあさんと一緒、に出演したのは、あれは何年前のこと?いまはもう成人したというのに。
スタジオパークもこれが初めてではなく、一番上の子と、今年大学に進学した子を連れて見学して記念撮影した画像もあるというのに。
時の過ぎるのは早いもの、老いていくのは致し方なしです。

今回、子供たちは朝のニュースでおなじみの高瀬耕造アナウンサーを生で見ることを期待していたそうです。会えなくて残念でした。

駅に戻る途中、私の趣味に付き合ってもらい、こちらに。
盤処「塔」の総本山であります。

20180504g

CDが在庫の大半ですから、子どもたちには、こんな空気感の場所も世の中にあるんだぞ、という社会勉強の一環で7階のクラシック売り場でしばし滞在。ただJPOPに目のない子供はすかさず3階に降りたようですけど。

そして再びスクランブル交差点を経由して、

20180504h

半蔵門線で永田町で乗り換えて有楽町線で月島へ。
お昼は、もんじゃ焼き。

20180504i

私自身、もう何年前か忘れるほど昔、しかも誰と一緒に行ったのかも覚えていないくらいのこと、月島でもんじゃ焼きを食べた記憶だけはあります。そのときは、下町の風情溢れる、のどかさも残る地域の印象でした。それが今回訪れましたら、なんだこれは?の大混雑。
三番街のとっかかりにあります、えびすや、で待つことにしましたが、すでに7組待ちの状態。
小一時間も歩道の椅子にかけて待って入店しました。

20180504j

そして第1弾。

20180504k

第2弾。

20180504l

子どもたちも一気に寡黙に。
黙々とすくっては食べています。この様子は、まるでカニのお店に入ったときのようです。
待った甲斐がある味でした。さらにこのお店の女将さんがとてもいい人柄に見えて気持ち良かったです。焼いた経験の浅い人のために店員さんが手際良く焼いてくれて食べごろまで教えてくれて安心できるお勧めのお店でした。

ここまででもボリュームたっぷりの1日でしたが、夜にはさらなる出来事が!
目白はこちらのお店で旧友と再会でした。
私の家族と旧友グループを合わせて計10名のフレンチ。

20180504m

舌にも脳にも、極めて心地よく楽しい食事会でありました。にぎやかになってしまったのはお店の方にも他のお客さんにも申し訳ないところでした。プレイバック80年代。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

TOKYO in 2018GW...後半。

5月3日・木曜日、憲法記念日。
家族とともに高松空港からTOKYOを目指して飛び立ちました。

20180503a

GWに東京なんて。。。と思う方もいらっしゃるでしょう。スカイツリーか、TDLか、なんてベタな旅行ではないつもりです。
この春に東京で一人暮らしを始めた子どもの一か月間の様子を見るため、そして、他の兄弟に当の子どもの部屋の様子を見てもらうため、出掛けたのでした。

まずは子どもの部屋に入りました。
そして、おいしいケーキを求めてパティスリーまで。

20180503b

さてと、、、
次は明治神宮に、御礼参り。子どもの今年の大学合格御礼です。

20180503c

2月でも外国人観光客の多いこと、と感心しましたが、気候が良くなりさらに激増を感じました。
無事御礼参りを終え、俗世界に戻りましたら、これは俗の俗、原宿は竹下通りでありました。

20180503d

こんなに混んでるのはなんでだろう?
夏祭りでもこんなのは稀。
うちの子どもたちはどこかのお店や食べ物や着るものに、ほぼノー関心でして、どうも人生初の竹下通り通過を記念したかのような行事でした。
いや~、それにしましても、どうしてあんなに人が多いのでしょう?

俺たち世代に馴染みのラフォーレ。その向かいにあります今のスポットの鏡張りビル。

20180503e

そこの角を曲がって表参道に入りましたら、見通せる限りの人また人。

20180503f

表参道の駅から地下鉄で銀座を目指しました。すると、銀座線が線路の架け替えのためGWの間、運転停止期間があると。そこで千代田線でそのまま日比谷に。
地上に出ましたら、あら。

20180503g

この2月に、当の子どもが18歳だか17歳だかでいわくのついたホテルが。。。ある意味、懐かしい。

有楽町を通り越して銀座に進みましたら、噂どおりソニービルは消滅していました。
その向こうのHのビルがその姿の全貌を見せていました。いわばこの期間だけの限定の姿です。

20180503h

不二家のビルは昭和の栄華をそのままに今にありました。

20180503i

さらに南下。
銀座4丁目。

20180503j

昭和のランドマーク、日産ビルがいつの間にこんな姿に。。。

20180503k

変わらないのは和光。

20180503l

さらに南下しましたら、確かその昔レコード店のあった場所に、名古屋駅前を彷彿とさせるような高いビルがあるではありませんか。これが近未来が現実化した現在か。

20180503m

そして歌舞伎座が見えるころにはそろそろ築地。

20180503n

たどり着いたのはお寿司のお店。
実は、今回は、子どもたちに、九兵衛デビューをと思ったものの予約しようとしましたら、はねつけられました。もう1ヶ月先くらいまで、いっぱい。オバマさん効果か、はたまたミシュランか。GWでもありますし。
そんなわけで場所は選んでいられない、と差し迫った状況で予約できたのは、老舗の江戸銀でありました。私自身、何十年ぶりでしょうか?

20180503o

知らず知らずにかなりの距離を歩いた東京の初日。
疲れた体にはお寿司が美味しく染みわたりました。
食後、ダッシュにようにホテルに戻ろうとしまして、築地駅を目指しますと、最近の火事で焼失しました市場の一部が目の当たりに。

20180503p

東に進んで、築地本願寺が。

20180503q

宿に着いて、家族は各部屋に。
私はそのまま気絶した夜でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

松山出張-燧灘の美しさに打たれる旅。

4月25日・水曜日。

前日の雨で大気中の黄砂が洗い流されたような見通しの素晴らしい曇り空でした。
松山に出張です。
四国の瀬戸内側の高速を西進していましたら、四国中央市あたりを走っておりますと、瀬戸内海が曇り空の下ながら対岸の中国地方の山並みが東から西まですべて見通せる状態でした。しかもしまなみ海道の橋までくっきり見えます。(白内障手術の効果もあるでしょう。)
その風景は巨大な湖がそこに存在するかのような雄大な風景でした。地図で見ましたら燧灘が仮に湖としますと日本最大の湖・琵琶湖をゆうに上回る規模になります。(そんなこと言いますと、播磨灘や大阪湾が黙っていませんよね。)

到着した松山では松山城がきれいに見えました。

20180425a

業務を終えて帰途についたら夕暮れ時が迫りつつある、まだ明るい時間帯ですが、さらに幽玄な表情の燧灘を眺めて香川に戻りました。
画像に収めようかと思いつきましたが走行中で適当な停止場所もなく、走行しながらの撮影は危険だし、写りもよろしくないでしょうから、目と記憶にとどめる方がよい、とまで思わせる風景でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

弾丸出張-静岡、九州そして山口へ、1800キロの旅。

4月22日・日曜日。

日曜日なのですが、

前日の土曜までの業務の状況で、
現地調査活動を一気に、この日一日であげる、
との結論に至りました。
それで、午前7時前に、我が町の駅を出る特急に乗り込みました。

20180422a20180422b

すると、途中の駅のホーム上に、なんと、アナ友、を発見。特急に乗り込んできました。近づいて行先を尋ねますと岡山のオーディオ関係ショップにお出かけとのこと。岡山まで車内歓談となりました。
そんな楽しい時間は早く過ぎるものでして、あっという間に、岡山。

20180422c

アナ友とは岡山駅でお別れし、本州の新幹線の客となり、まずは名古屋を目指しました。
山陽は、霧。瀬戸内海も霧だったようですがアナ友との歓談に夢中で気づきませんでした。

20180422d

名古屋駅から、在来線の快速です。

20180422e

そうして豊橋に到着。

20180422f

こちらの街はつい先日まで業務で訪ねたところですが、こんな形で通るとは。名古屋から新幹線こだまもありますが、在来線の快速でもよし、です。

そして在来線の各駅停車・普通電車にさらに乗り換えました。
到着したのは、名古屋は愛知県から一歩東に出たところ。静岡県です。

20180422g

ダイヤの本数といい、ホーム上や駅周辺の人間の数といい、駅前の空気感といい、なんだか自分の地元駅に近いものを感じましたが、まったく違うのは駅舎の立派さ!これは母体の鉄道会社の体力の差か?と痛感しました。

20180422h

20180422i20180422j

さて調査活動、一件終了しました。
この駅とのご縁はこれまで。

20180422k

次に目指しますのは二件目の調査活動対象の、山口県下関市。
とんぼ返りで西に向かって、再び、豊橋。
新幹線に乗り換えます。

20180422l

再び、名古屋駅。

20180422m

ここから、新幹線のぞみ。
京都・大阪・神戸を通り過ぎ、あっと言う間に国宝姫路城。

20180422n

いつもは乗降する岡山駅。今回は車中にとどまりますので妙な気分。

20180422o

そして福山・広島を経由したら一気に、九州。小倉です。

20180422q(あわてて撮ったためピンボケ)

目指したのは山口県の下関ですけど、新幹線で同地にアタックするのにまずは新幹線であれば北九州市の小倉まで行くことを知りました。関門海峡の海底トンネルを通過して九州に上陸したのは、いつ以来?あれは息子を伴いポール・マッカートニーのヤフオクドーム公演に出かけたとき以来です!もうそろそろ5年になるのですね。

前回はポールの博多公演目指して新幹線を降りたらあとはタクシーか徒歩の移動です。今回は新幹線から在来線への乗り換えがあります。この「新幹線から在来線への乗り換え」という動線は、ご当地の人と空気を実感するたまらなく興味深いものです。

そもそも九州の話題でいえば私の母親は実は鹿児島県の出身。ですから私は「讃岐と薩摩のハーフ」と自称することもありますが、そういうわけで九州にはDNAレベルでの親近感を持つなといわれても持ってしまうのです。
思い返せば、司法修習時代(1994~1996)の中の実務修習時代に夏に大分での合宿というのがありましたが(1995年夏)、そのとき九州での「新幹線から在来線への乗り換え」というのを経験しました。同じ「平成」とはいえもう23年前ですから空気感は違って当たり前でしょう。けど、23年前も今回も、四国より一段と南国、の感触に、目がパッチリした美人が多いなあ、との感慨がありました。
あれ?自分の長女になんとなく似てる人がいる、とか、この人四女に似ているな~、とか、なんとなく三女に似ているな~、とも、全体の顔相というのか骨相というのか、親近感に浸ってしまいました。

そんな白昼夢はさておきまして、業務は業務。
在来線の海底トンネルを経由して九州から本州に移動してようやく下関駅に到着しました。

20180422r

街の大きさと充実・勢いを感じさせる駅前でした。

20180422s20180422t20180422u20180422v

タクシーのお世話になって市内を移動します。
いつものことながらタクシーの運転手さんとの会話は、楽しい!
今回の出張は文字通りの、弾丸出張、でありますから、観光などとんでもない。それでもタクシーの窓を通しての観光が運転手さんのおかげでできたのでした。

当時のまま残る英国総領事館。

20180422w

本州・九州間の交通で唯一、橋(関門大橋?)は高速道路のみ。

20180422x

画面にたまたま映り込んでいましたが、日清講和記念館、など日本史が得意科目でありました私にとりまして、しびれるような施設です。またこの下関にプライベートでゆっくり訪ねたい!

そうして業務を終えました。
楽しい御年輩のタクシー運転手さんに待機をお願いして下関駅までも運んでもらいました。
そうして見えたのは、情緒横溢の古い洋館、日本の寺院も。和洋の交差点か、はたまた潮流の交わる溜まりか。

20180422y

対岸の、九州。
運転手さんによりますと、「観光客の人から、海の向こうのあの島はなんという島ですか?と聞かれて、お客さん、あれ九州ですよ、というとみなさんびっくりするんですよ。あんなに近いのかと。」と説明します。確かに近い。それも山のように見えますからまるで広島でいえば宮島ように見えます。が、その背後には広大な九州が広がっているのがなんだかロマンです。博多も、温泉の大分も、長崎・佐賀も、阿蘇の熊本も、宮崎も、そして桜島の鹿児島も。

20180422z

ささやかなタクシー観光を終えて下関駅に着きました。
これから九州の小倉に向かいます。

20180422za

瀬戸大橋の比ではなく、トンネルをくぐったと思ったらあっという間に九州に到達。小倉に戻りました。

20180422zf

西の地方に陽が傾いて西日が眩いホームでした。

20180422zg

新幹線の客となり次の目的地は岡山。
あれ、さきほど見た観覧車は下関なのに、まだトンネルを通らない前のこの観覧車は小倉のものでしょうか?

20180422zh

広島球場を見るころには陽は暮れていました。

20180422zi

岡山駅まで来ますともう帰った気分になりますのは四国島民の実感ではないでしょうか。

20180422zj

ましてやアンパンマン電車の車体を見ればなおさらのこと。

20180422zk

四国に渡り、特急から普通電車・各駅停車に乗り換えたのは多度津駅。

20180422zl

そして我が地元駅に到着したのは午後9時10分。出発から14時間超の旅でした。

20180422zm

営業距離を積算しましたら、合計1798.2キロ。約1800キロ。これを一日で走破しました。ひとえに日本の公共交通(鉄道)の速さと正確さのおかげであります。東奔西走とはまさにこのこと。

家族へのお土産は静岡方面では、なぜか愛知県豊橋名物のちくわ。
そして、明太子。

20180422zn

関連性は薄いというかほとんどないのですけど、もみじ饅頭。広島名物。

20180422zo

とても美味しくて家族の好物ですから。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大阪出張。

4月19日・木曜日。
大阪の裁判所での業務に出かけました。
鉄道を利用したのですが、いつもと反対に進行方向の右側窓側席についていましたら、明石海峡大橋が見えてきました。

20180419

お土産は、岡山駅で買った広島名物生もみじにしたのですが。。。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

気温は5度。

東京での最終日は急に気温が下がり街行く人は冬の装いです。マフラーの人も珍しくありません。
私は、桜も過ぎてもう暖かい季節、とたかをくくり、持参した着替えはポロシャツしかありません。入学式用のスーツを脱いだらあとはジーンズとポロシャツのつもりで。
ところがそんな涼しい気候ですから街で半袖シャツはほぼ皆無。元気な外国人観光客の半袖は目撃しましたが地元民にはまったくなし。
ただ都会の空気ですし歩く距離は車社会の田舎と比べようもない長距離になりますから体が暖まり半袖で自分にはちょうどいい感じでした。

羽田発高松行き最終便を予約していました。
羽田に順調に着いて待っていますと、乗務員のやりくりがつかないという理由で、搭乗口は502のバス搭乗口から、68のデッキへと変更。はじっこからはじっこまで移動を余儀なくされました。これが弱小地方の置かれた地位か?とぼやいてしまいます。
しかも出発時刻は70分遅れで午後8時50分に変更。

やれやれ、なんとかたどり着いたら、機内のアナウンスは、高松空港の気温は5度、といいます。
空港建物から出ますと、やはり5度で半袖ポロシャツは、一言、つらい!しかも風もあります。

ミッション・コンプリートのエピローグでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

横浜出張。

3月31日・土曜日。
横浜に出張です。
空路、東京・羽田に到着。
そして都心から私鉄で郊外に出て県境を超えて神奈川県に入り、さらに川崎を抜けて横浜市内に至りました。

業務を終えて最寄り駅まで戻る途中、綺麗な桜のトンネルを見ました。

Yokomama

電線、邪魔だなぁ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧