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大阪駅前のお店。

大阪での用事を終えてJR大阪駅に向かったのですが、今回は立ち寄るまい、とにわか坊主の禁欲をしたものの、やはり、ちょっとだけよ~、そんなに寄り道にならないし、と言い訳してしまい、立ち寄ってしまったのは、こちらでした。春爛漫の桜のもと。

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マルビルという名の建物にあります。

地下に通じる通路の先には盤処「塔」のロゴがあります。

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扉を開けましたらただちに眼前に現れました。こちらのお店。

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目が飛び出るようなバカ高い価格は見当たらず、さりとてさすが大都会大阪のバックヤードの懐の深さを感じさせる在庫で、つい時間を忘れて脳内桃源郷に浸ってしまいました。
気が付いたら、腕は折れないだろう、指は千切れないだろう、のそこそこの分量にはなりましたが、やはり大盤は嵩張り、重い。

お店を出て地上に出ましたら、
あ、ここは大阪だ。
と目が覚めたような感覚ではありました。

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大阪、高松、観音寺。

3月28日・水曜日。
大阪に行く用事がありました。

地元の駅を午前7時前に出る列車で発ちました。今月初めに大阪に出向いたのと同じです。
朝もずいぶんと明るくなりました。

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ぺったりとした瀬戸内。この間旅行した高知の太平洋とあまりに好対照な海。

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こんな海のそばで育ってきました。
こんな海を眺めながら通学しました。

岡山から、のぞみ。

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乗車しましたら、
あら?私ってグリーン車、貸し切り、かしら~?

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お約束のコーヒーとアイス、それに生もみじ。

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急に暖かくなったせいなのか、春霞と呼んでいいような靄に包まれた山陽道です。
姫路城は見えました。

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大阪に到着。
バッチリよく見えるようになった眼のおかげで、身も心も軽く通勤の群衆を抜けて地下鉄の駅を通過してたどりついたのは大阪家庭裁判所。

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同庁の前の道は大阪城へと通じる道のひとつであるためか外国人観光客がずいぶんと通ります。桜のお花見の季節でもあります。気温は急上昇しすでに20度を超えたような陽気でした。

家裁の用事を終えて数か所を転々とするうちに、いま大阪が誘致に力を入れています2025年万博になぞらえて、1970年万博の展示が無料で見られました。
思わず入って眺めますと、いや~、なつかしい。

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レコードもおもちゃその他のグッズもミントばかり。素晴らしい。
実家に万博ゆかりの品があるか改めて見たくなります。

それにしましても昭和45年の少女の笑顔が、とてつもなく、素晴らしい。

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この年、私は小学4年生。

外に出ましたら、あ、そうか今は2018年、自分はもうすぐ還暦、21世紀なんだ。

大阪駅まで来ました。

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さらに新大阪駅から新幹線の人となり、岡山で乗り換えて向かうは高松。
1970年、瀬戸大橋を通れるようになったのは1988年、そして今は2018年。

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高松の事務所で仕事しました。

さらにその後の用事で観音寺まで電車移動。

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朝とはまた違う表情の瀬戸内。

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観音寺駅に着きました。

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観音寺駅で降車する、というのは何年ぶりでしょう?
高松修習時代には自動車通勤は禁じられて電車通勤のため、帰宅時に乗り過ごしていたこともあり。
仕事に就いてからは酔って寝て観音寺まで寝過ごしたらいいほうで、川之江駅まで行ったこともあったか、なかったか。
そんな昔を思い返しました。

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看板20周年の日。

3月27日・火曜日。
日の出は太陽から光の筋が天空に伸びる不思議な日の出でした。

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安藤法律事務所
の看板を揚げたのは1998年(平成10年)3月27日のことでした。
あれから20年。
看板にはいろいろありましたが、ここまできました。

高松の裁判所の桜は今年も綺麗に咲いています。

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瀬戸際の魔術師。

3月26日・月曜日。
お仕事です。
丸亀
高松
そして観音寺
なんとかしのぎました。
自分では、
瀬戸際の魔術師
という言葉が浮かびました。
なんだか、子供たちの好きな名探偵コナンの題名みたいだな~と考えたりして。

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うちの子どもたちをここに連れてきてしまった~。

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高知旅行。

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半ドンと、一週間後検査。

3月24日・土曜日。
半ドン出勤の日です。
仕事のあと、ほんとうは、レコードコンサートに行くつもりでしたが、・・・
どうしてもこの時間にしか手術後1週間後検査が入らなくなってしまいコンサートは断念。残念。
病院で検査を受けました。経過は良好、問題なし。
でした。

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丸亀・丸亀。

3月23日・金曜日。
午前は丸亀の裁判所で調停。
午後は、やはり丸亀の裁判所で調停。
午前・午後とも同じ調停委員の方が御担当いただいておりまして、午後の調停室に入りましたら、これはどうも、一日お世話になります、という感じでした。

術後一週間経過しますと保護メガネは室内では課されません。
自宅内ではメガネなしの生活になり快適です。

丸亀の裁判所はほぼ完成。
外構工事は出入口のゲートが設置されれば完成か。あと駐車場の舗装。
引っ越し作業大変だろうな~。

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高松・観音寺・急遽、松山。

3月22日・木曜日。
久しぶりに青い空と日差しを見ました。
祝日明けは、高松の法廷から始まり、午後は観音寺の裁判所へ。
それで終わりかと思いましたら急遽の松山出張発生。

夜の高速の運転が、楽、になりました。
手術後の週末はほぼオフにして、カレンダーでも春分の日が入るなど都合よろしく、さらには雨天・曇天の天候続きで戸外の紫外線は弱め(と思われ)術後の目には優しい日々でした。まるで私をいたわってくれているような。

洗髪、断行しました。
サッパリしました。

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白内障手術から1週間。

白内障手術を受けた後は、しばらくの間、いろいろと生活に制約があります。手術跡からの感染を予防する目的と理解しています。
その制約のうちもっとも切実なのが、術後1週間は、洗顔・洗髪禁止、です。瞳に汚れた水が入ったらいけないのでしょう。
(美容室のように後ろ向きに洗髪するのはオーケーのようです。)

入浴は手術当日のみ禁止で、その後は首から下の入浴は大丈夫です。ただ頭は洗えません。そのため出勤前には整髪料もつけません。自然、頭髪はウェービーなままです。そのうえ、黒縁眼鏡使用のUVカットのための保護メガネ装着ですから、自分では、ヒゲのない宮崎駿監督のごとき風貌です。

手術は右目は先週火曜日、左眼は木曜日。
そろそろ両目とも術後1週間となるはずなのですが、その1週間経過がいつになるのか?
初日不算入の原則に従えば、金曜日起算で今秋木曜日つまり22日が1週間となるはず。木曜日で満了とすれば金曜日から洗顔洗髪が許されることになるはず。
しかし、ふと、医師の先生は、初日不算入の原則で「1週間」というのかどうかよくわからず。先週の木曜日も算入してしまえば今週水曜日つまり今日の満了で1週間が経過するはず。
ただ、1週間を満了しなければいけないのか。それとも1週間目から洗髪洗顔が可能なのか。どうも明確にわかりません。
おまけに、術後1週間後検査と称して今週土曜日が予定されていますが、その結果を見なければ洗髪洗顔ができないのか?

そして土日にはなるべくお客さんと会う用事は控えて、カレンダーのめぐりがいいのが、今日水曜日は祝日・休日。
今日あたりが我慢の最後の日になればいいのに、とあれこれ、ごにゃごにゃ、考えているのが上記のとおり。

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無人の父母ケ浜、そして水汲み。

業務で出かけたところ、いつもの週末には賑わっている仁尾町の父母ケ浜は無人でした。
雨、当然空は雲、そして風、しかも満潮近く、とあってはインスタ用の画像はまったく不向きなモノトーンの世界が広がるからなのでしょう。
けど、私の目にはコバルトブルーの海に、こんな色になることがあるんだ、と驚きました。
思わず立ち寄り撮影に及んだのですが、こんな天候でも気軽に立ち寄れるのは地元民ゆえでありましょう。

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元「プリマーレはやしや」さん。結婚式場にリニューアルが完成したのでしょうか。

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高松の事務所用に水汲みも。

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海はいろいろな顔を見せてくれます。

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寒いお彼岸。

3月21日・水曜日、春分の日。
お彼岸の墓参に行きました。
寒いです。
しかも風があります。瀬戸内の定期船も強風のため運航停止になったほどです。

先祖の墓所から見える瀬戸内海はコバルトブルーに見えました。

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菜の花畑も「満開」というまでに至っていません。
子どもたちすべてが通り過ぎた小学校がいつものように変わらず見えます。

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驚いたのは、うちの家の遠い本家筋にあたるお家の墓所がすっかり更地になっていたことです。
母親に聞くと彼岸の入りの18日に墓参したときはなんにも変わりはなかったといいます。
墓地の管理組合が新たな使用者を募集する張り紙も新しく、ほんの数日前に区画を返したのだと想像します。
都会に行かれたご家族の方々が遠い田舎では管理が困難になるのが自然な流れです。

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なぜか、三豊。

3月20日・火曜日。
高松でのお仕事がいくつかあったものの、なぜか三豊の自宅に御来客が多数。のべ10人弱の方々が訪問していただきました。
こんな日もあるのですね。

子どもたちは春休み。

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いきなりのフルスロットル。

3月19日・月曜日。
愛車のサイドミラーの修理が完了して戻ってきました。

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お仕事のほうは、前日の完全オフが効いたようで、フルスロットル状態と言っていいです。担当事務員さんには鞭がはいるような作業もありました。

パソコンのディスプレイが、バチッ、と見えるのは気持ちが良いです。

学校に出掛ける子どもたちは二学期の終業式。

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完全・・・オフ。

3月18日・日曜日。

もともと、手術直後の週末ですから、完全、オフ、の予定でした。
土曜日はたまたま業務が入らざるを得ませんでしたから高松まで行きましたが、今日、日曜日はまさに完全オフにしました。
それで、ひたすら、キャヴァーンで、グルシン、聴いています。

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えらいこっちゃ@父母ケ浜。

隣町の仁尾町の父母ケ浜海岸は、最近、インスタ映え、とかで観光客が押し寄せるホットスポットに化けています。
週末に観音寺方面で仕事をして帰宅するとき、夏のときだけのはずの海水浴場駐車場に満杯のように車がとまっているのを目にしてきました。
ところがこの日は尋常でない様子。車は駐車場から溢れて路上駐車が数珠つなぎなのです。
海岸には、より良いショットをねらっていると思しき人、人、人、です。

この海岸は、遠い昔には、自分の弟が溺れて一晩町立病院のお世話になったという思い出のある場所ですし、自分の子どもたちを連れて泳ぎにきたこともある、親しんだ、というよりも、あって当たり前のような海岸です。
それでも、かつて住んでした鎌倉や湘南の海岸に負けない風情はあると思っていたところに、突如降って湧いたようなこの騒動(?)。

ネット社会・・・次の日には、何が起こるかわかりません。

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三豊市観光協会あたりは、次は、
高屋神社
を仕掛けているようですね。

天空の鳥居

とか。

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眼鏡屋さん、それと、代車で水汲み。

3月17日・土曜日。
休業日ですが、仕事のために高松へ。
用事の合間に眼鏡屋さんにもこれからの眼鏡について相談。
眼内レンズは手元のパソコン作業と書面読みに焦点を合わせています。ですから、車の運転などの日常生活には眼鏡などによる矯正が必要。
計測してもらい矯正レンズを装着すると右眼で2.0まで見えます。片目で2.0見えるなんて、と店主さんに驚かれましたら、ドクターのおかげですが、なんだかちょっとしたサイボーグ気分。
白内障は原因不明とかで、老化現象の一つなのかもしれません。病院では私より年長、とくに70代と思われる方が大半ですし、私については60前のこの年で早い、とも言われたこともありますが、かえってこの歳でレンズ交換できたのは良かったとすら思えます。もし長く生きたら視界が快適に過ごせますから。

明るいうちに引き揚げてきて、自宅用の水汲み。
雲一つなく晴れてきれいな夕陽が見られそうな午後5時台でした。

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御礼の挨拶、そして新生活の準備。

代車で子どもと家人とで、子どもがお世話になった御礼の挨拶に行きました。先生方にはずいぶんと心配していただいたことがわかりました。
師弟が涙に浸る姿に、本当に親身に、そして情熱をもって、ご指導いただいた三年間に、感謝、しかありません。
どういう運命のめぐりあわせであることか。

高松では子どもの新生活の準備のための買い物など。
親にとりまして、こんなに楽しい買い物は、他にないです。
断言できます。

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代車。

サイドミラーの修理のために愛車を預けました。
代車は黒の320iツーリング。
シートの色がなかなかナイスです。

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術後検査と雨の卒業式。

3月16日・金曜日。
左眼の術後検査がありました。
実はこの日までが、車の運転ができない、と指示されていましたが、自分では何ら問題を感じません。しかも、子どもの卒業式とブッキングしていますから、検査終了次第、卒業式会場まで走らなければなりません。
というわけで、車で移動してしまいました。
天候はあいにくの雨。
雨の高速は問題なし。
術後検査は問題なし。
移動して場面は変わり小学校。
体育館では、卒業式も保護者謝辞の最中でした。
卒業生退場となって在校生の見送り。
途中からの参加のためか淡々と過ぎて、最初の子どもから数えること14年間お世話になった小学校のクライマックスは、意外と、あっさり迎えたのでした。

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お通夜。

お通夜に参列しました。
斎場は坂出です。
今週は坂出にご縁があります。

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そして左眼・・・春が来た。

3月15日・木曜日。

相次いで、左眼の手術です。
いよいよ生まれついての水晶体ともお別れです。
この日も日の出は素晴らしいものでした。

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すでに一度受けていますから気持ちは比較にならないほど、楽、です。苦になるどころか、すでに手術を終えた右眼とこれからの左眼の両方が良好に見えたら視界が整いスッキリした世界になるものと信じて、術後のことを思い描き待望するほどです。

手術室に入りますとすでに視力回復した右眼で周囲を観察する余裕もできます。
無事終了。
手術室内の時計を右眼でチラっと見たら午前11時25分でした。

清算を終えて病院を後にしましたら外は20度超の陽気。天気も晴朗。まるで春本番です。
視界は良好。自分が小学生のころはこんな風に外の世界が見えていたのだろう、と思います。
いつの間にか、
は~るがき~た~、は~るがき~た~、どこに~きた~♪
と口ずさんでいる自分に気づきました。

自分て・・・けっこう単純だな~。

術後はそのまま帰宅。
春休みを控えた高校生と同様に、春がのぞく気候のもと、予讃線の普通電車で西に向かうと自分の高校時代を思い出してノスタルジックになります。

海岸寺駅の駅舎も高校時代から変わりません。

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詫間までの海をなめるように走る路線も。

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小学生のころの視野の明るさに戻ったような、そんな高揚感に覆われています。
直近を振り返れば、視界が暗くぼやけていた時期にメンタルがハンディを負っていたのは間違いありません。グズグズしていた2年半に有形無形の損失はあったのでしょう。

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術後検査。

3月14日・水曜日。
前日に受けた手術の術後検査を受けました。

家人の運転する車で丸亀駅に着き、そこから電車。
坂出駅から病院まで徒歩。
検査の結果は良好。
坂出駅から高松駅まで電車移動。

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事務所での御来客。
それに高松の裁判所での業務。

終えたら早じまいです。

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高松駅からアンパンマン列車で移動。
詫間駅に家人が車で迎えに来てくれていました。

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まず右眼。

3月13日・火曜日。

右眼の白内障手術を受けました。
経験者は語ります。短時間で済む、痛くもなんともない、入院の必要はなく日帰りで大丈夫、などなど。
けどこれから受ける患者となりますと不安は尽きません。全身麻酔じゃないと目たけの局部麻酔だろうし意識はあるし目は見えるし(?)耳も聞こえて怖いのではないか?そう思います。
病院に到着し待合室へ。
ここまでくるとまな板の上の鯉になり切るしかない。手術を受けるのは「自分」ではない、「自分の体」であって「自分の所有物」なのだ、と思い込もうと努力する自分がいまして、やはり緊張していたのですね。手術を受ける間、音楽でもイメージしょうか、と練習したら、Dear Prudenceが自然と鳴り始めました。そうだ、手術に合計何秒かかるかひたすら数字をカウントしようか、とも考えました。
名前を呼ばれてキャップをかぶらされて印のシールをおでこに、貼られて、と着々と手術の準備が進行します。定期的に目薬を差されていましたら、安定剤を飲まされました。精神安定剤のようです。効きますね~、眠くなるのではなく、気分が弛緩していくのがわかります。最後は「どうでもいいやあ~」の気分になるまで。
いよいよ手術室ですが、自分の足の骨折手術のときの手術室のような、人間捌き場、のようなピカピカして、機械に囲まれた雰囲気は、今回は強烈でありませんでした。これか整形外科と眼科の違いなのでしょうか?BGMで80年代の洋楽ポピュラーが鳴っているのは患者さんのリラックスのためでしょうか?ドクターの御趣味も兼ねているのでしょうか?悪くありませんでしたが、Dear Prudenceは吹っ飛んでしまいました。
仰々しく顔の上にいろいろとかぶせられまして目には点眼をどんどん刺されましたらドクターの手が迫ったと思いきやプロの手技を感じました。目に画像はむすばなくなり機材の光しか判らなくなった後、ふと、鮮明な機材の画像が認識できたときに、「レンズが入ったんだな。」とわかったのです。
途中、ドクターから「近視がきついですね。少し広げますから痛かったら言ってください。」というご発言自体が怖かった。ですが、痛くも痒くもありませんでした。あとは、コンプレッサーのようなうなり音がホラー効果音のようでしたが。
手術は無事終了しました。
安静する部屋にスタッフの方に誘導されて横たわりますと、今何時ですか?と尋ねたら10時40分でした。

ドクターにとっては何万件の症例のひとつにすぎないが、安藤にとっては人生の重要な一里塚だ。

とでも言いたい気分でありました。

さて肝心の手術後の効果は、といいますと、超がつくほどの、絶大、と言えます。
仕事上の必要から、パソコン画面や読む本・書類の距離に合わせた単焦点レンズをお願いしましたのに、遠い風景すらこれまでとはまったく違う、より鮮明なものとなりました。「なんだ、このままでも運転できるんじゃないか。」と思えます。もちろんパソコン画面の鮮明さは特筆ものです。ウィンドウズの開始風景画像にも、きれいだ~、と見入ります。
次に予定されています左眼の手術までの間にしかできないこと、それは手術前の眼と手術後の眼との比較を自分でできること、です。違いは歴然で、術後の右眼は極めて明るい、それに対し術前の左眼は暗い。色合いも違います。たとえば白い壁を見ると右眼では真っ白、それどころか青みがかったさわやかな白さも感じますが、それに対し左眼では、黄色かオレンジ色がかかっていまして、まるで室内にまで濃い黄砂が入り込んでいるかのようでした。
度のついていない、UVカット目的の保護メガネでの生活がしばらく続きますのでこれまでの眼鏡は(運転などの遠くを見るための)レンズ交換までは用なし。


画像は、手術に出かける朝の日の出。
親からもらった水晶体でながめる風景はこれが最後か、と少々感傷的に。

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さて、手術が終了し一旦帰宅。
スーツに着替えて観音寺の裁判所に業務で出頭。
白内障手術を終えた当日に仕事になるなんて。

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白内障ウィーク。

3月12日・月曜日。

実は、私自身が平成27年(2015年)に白内障と診断されていました。
最近視力が落ちたなあ、眼鏡の度数が合わなくなったみたい、と眼鏡屋さんに見てもらいましたら、「白内障じゃないですか?」と言われました。
それで岡山のクリニックを受診しましたところ、やはり白内障と診断されました。両目とも。右眼がより重症でした。

人に聞きましたら、白内障の手術は短時間で終わる、入院の必要ない、みんな受けている、など簡単そうなことばかり言われます。しかし患者となりました当の本人の立場では、手術を受けるべきか受けないで何とかなる方法はないか、受けるにしてもどこで受けるか、すぐできるのか予約の必要があるのか、などとハムレット以上の悩みを抱えてしまいました。
そうこうしているうちに月日は流れて昨年平成29年(2017年)の後半にもなりますと、自分でもハッキリと、これではいけない、と感じるまでになりました。そう思わせた症状の一つは、夜の運転が非常にしずらくなったこと。センターラインが二重に見えますし全体がボーッとして標識なども読み取れません。(これって危険運転罪になるのでしょうか?)もう一つの症状は、商店街ですれ違う人の顔がわからないこと。本当にわかりません。ですから、超然として歩けます。どなたとすれ違おうとも、判りませんから。人に不愉快な思いをさせて失礼をしたかもしれません。開き直れば、見えないとこんなに楽なことはないのです。(年寄りの特権は、見えないふり、聞こえないふり、ぼけたふり、ができる、ということとまた実感できました。)
さらに付け加えますと、レコード探索すら億劫になる。文字を読むのが困難、ただジャケットの状況はわかる、そのため取り漏らしたものがあるかもしれない。顔を商品の至近距離に近づければなんとか情報を読み取れますがそれでは不自然な恰好となって特に腰がつらくて根気が続かない。そして言うまでもないことですけど、パソコン画面すら見えにくい、勢い仕事の効率は上がらない。
そして何より気分がすぐれない。(治療した後ならよりはっきりわかるのですが)常時うっすらとしたもやに囲まれているよう。さらに終始の文字情報、画像情報から取得できる量が格段に少なくなってしまい脳に刺激を与える機会も低減したはず。

このままでは、とてもいけない。
年が明けて仕事始めの日に思い立って病院を予約し手術の予約をしたのです。
病院は白内障手術で有名なところでして、手術の予約は二カ月以上待ち。どうにか3月12日に右眼、15日に左眼、の予約が取れたのでした。

治療の具体的な路程が明確になったのと軌を一にしたかのように症状は、目に見えて悪化しまして、月ごとに、さらには週ごとに、悪くなるのが自分でわかりました。
あんなに不安に感じていた手術も、逆に指折り数えてまだ来ないのか、と思うほどになります。

そしてようやく手術の時期がやってきました。
大学に合格した子供のこれから住む部屋を探すために東京に行った帰り道のこと。羽田空港で受けた電話で、ドクターが急用のため次の日の手術は中止と告げられました。なんてこった、ですが、致し方ありません。次の日には代替日を入れてくれまして、右眼手術は予定より一日ずれただけの13日となったのでした。

すると手術予定日としてふさいでいました12日・月曜日が一日ぽっかり予定が空きました。
これが天恵の日。
子供の進学準備を一気に進めることのできた日になりました。
そうして白内障(治療)ウィークは始まりました。

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作戦勝ち。

池袋で発見したこのお店。

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直近のマイブームでありますGSに照準を絞りました。
それにその後どうしても避けられないのは、飛行機。
機内持ち込みのことを考えたらシングルを狙うしたほうがいい、とジャパニーズのシングルコーナーにとりかかりました。

さてこのお店、入店して気づいたのは、
女性客のほうが多い。
年齢層は私よりやや上か?という御婦人から、完全に若い女性まで。
これはどういうことでしょう。むっさいおっさんが通り相場の中古レコ屋で珍現象。女性が集まるところにブームあり、とジンクス((?)でいえば、やはりアナログはブームなのでしょうか?

さて上記の私よりやや年配か、と思しき御婦人が、「金杯」という名のグループのシングル盤を手にしていましたのを横目で見ておりました。私はエサ箱でひと段落しますと、当の御婦人がその「金杯」シングルをエサ箱に戻しました。
やや!?と掘り終えた箱を再度掘り返す羽目に。しかもグループ分けなどなし、の箱ですから、放り戻された場所がしかと確認できないものですから、一からの掘り直しに。

ほどなくして掘り当てた私の餌は確認すると赤盤でした。しかも価格は、ななひゃくえん。ミケタです。
いいお店だわ~ここ。
精算終えましたら滞在時間は約15分でした。

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それで成果を携えて帰途に就きましたが、
荷物が楽だわ~。
大盤と比べたら飛行機への搭乗がこんなにも楽なのか、と改めて知るのでした。

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懐かし路線。

3月11日・日曜日。
ホテルの朝食は外国の人ばかり。

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聴こえてくる言語は、もちろん英語が多いのですが、アジアの人も多く、また欧米の人も多国籍のようです。一番近い席から聞こえたのはドイツ語でした。

さて、池袋を起点とする私鉄の東部東上線に乗りました。
なんて懐かしい!司法研修所のある和光市が路線上にあるのはもちろん、さらに司法浪人中に友達が和光氏に住んでいたので馴染みは深い路線です。それが今や自分の子どもと一緒に乗るとは。しかもこの電車に乗るのは修習終えてからなかったと記憶するので22年ぶりでしょうか。

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用事を終えて池袋に戻りますとそろそろ昼食の時間。
子どもが所望するラーメンを食べようとスマホで検索しましたら、あら、池袋はラーメンのいわゆる激戦区なのでしょうか?
行列に並んで入店したのはこちら。

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海老味噌の旨ラーメンにしましたが、普通に、うまい!

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満腹を抱えて時間調整で繁華街をさまよいましたら、ひょこっとこんなお店が!
オヤジは子どもの意向もかまわず、即・入店。

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次に乗るのは西武池袋線。
ホームのおよその位置は変わらねど、改装したのでしょうか?琴線に触れる懐かしさがあふれてきませんが。。。

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用事を終えたら、山の手線と京浜急行線で羽田へ。

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楽しくも充実した弾丸ツアーでありました。

高松空港から高松西インターまでの間で永らく工事中でした陸橋は通れるようになっていました。今回、初使用です。

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楽しい東京行。

3月10日・土曜日。

強烈な日の出でした。
象頭山をとっくに通り越して次の山の頂でダイヤモンド状態です。

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高松での業務を半ドンで終え空港から東京行きの便に子どもと乗りました。
きれいな冨士山が見えて、いい旅の予感がします。

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羽田に無事到着すると、もう10年ほど昔には、リュックを背負い、キャーキャー言っていた子どもがすでに大人びてスタスタ歩いています。それだけの時間が経ったことを意味するのですね。
まっすぐ向かったのは池袋。

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東京芸術劇場。
なんて懐かしい。
かつて宇野功芳さんの演奏会が印象的でした。
けど記憶では空間のど真ん中にドーンとエスカレーターがあったような気がするのですが、改築でもしたのでしょうか?

宿泊先はホテル・メトロポリタン。初です。

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開業は1985年(昭和60年)というバブル前夜の時期。
平成初期の外資系ホテルの攻勢が始まる前で、国内ホテルの伝統的な空気感も残るシティホテルです。

最近の日本旅行ブームに乗って来日する外国人観光客には池袋は人気のエリアと聞きます。宿泊客は白人もアジア系もずいぶん沢山いて、日本人宿泊者よりも多い印象です。

夕食は、ホテルのお寿司屋さん。
子どもを連れて白木のカウンターで食べるのは親としてすこぶる楽しい。
子どもに、こんなお寿司屋さんで食べると楽しくて美味しいだろう、と聞くと賛同を得ました。

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20180310h(お店の方の同意を得て撮影しています。)

部屋からの夜景は、もちろん美しい。

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けっこうハードな一日でした。

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隙間なし。

3月9日・金曜日。
朝は観音寺の裁判所でお仕事ですが、10分きざみの三連・期日。
その後、帰宅して、電車で検査のため医療機関へ。
終えて戻って業務に復帰して顧問先対応など。

隙間というか、余裕がないですね。

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当て逃げされ・・・これも大当たり。

観音寺方面での業務を終えて帰宅するときのこと。
香川の感覚では大雨と言える雨が降る夜の入りです。雨が霧のようにもなっていますし、路面は対向車のヘッドライトなどで光り視界がかなり悪い状況でした。私は、センターラインだけははずさないようにしつつ前を行く車を追いかけていました。
すると、進行方向に向かってゆるやかな右カーブの場所で、4~5台の対向車が連なってきていたところ、最後尾の一台のヘッドライトが自車にまっすぐ向かってくるように見えて、

ぶつかる!

と思ったら、

ガン

という音がしてすれ違いました。ボディには損傷はなさそうですがサイドミラーが激突したようです。
私は左側に寄せて停車しようとしつつルームミラーで衝突した対向車の動向を確認しようとしましたら、何事もなかったかのように、テールライトは遠ざかり間もなくカーブの向こうに行き見えなくなりました。

当て逃げか~!?

狭い道で左右に余裕のない場所のうえ気象状況からもユーターンは危険を感じました。そのため追いかけることもできず。
停止して損傷状況を見ましたら、このような状態に。軽症なのか重症なのか直ちにはわかりません。
サイドミラーに仕込んだ方向指示は点滅します。

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翌日、ガムテープで応急措置をして走行。
気分は一気にブルーでした。

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合格!受験シーズンの終わり。

3月8日・木曜日。
子どもから携帯に電話がありました。第一志望大学合格の知らせでした。
心の一番深いところで安心し、喜びました。
乗り込んだ車の中では、ひとり、涙が、本当にとめどなく流れ出してきました。
子どもの幸せは親の喜び。不変の真理です。

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東奔西走の日。

3月7日・水曜日。
いつの間にか週の真ん中。

朝は普通に゜高松に出勤し御来客応対など。
夕方から三豊観音寺方面の西のほうで業務に3時間ほど拘束され、これでも終了といかず。
夜も更けてから本日中の業務を思い出して作業して発送のために24時間窓口のある高松南郵便局へ。高速上はせいぜい20分で移動できるのは日本一狭い県の有難さです。

なんとか日付が変わらずに帰宅できました。

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コートを忘れる日々。

3月6日・火曜日。
午前は観音寺の裁判所で調停。無事一部解決して全面解決に向けて前進しました。
午後も観音寺の法廷。これまた解決に向けての大きな前進で年度内解決が見えてきました。
ここまでで一日の仕事は終了にしてもいいくらいですが、そうはいきません。
その後高松に移動して御来客と法廷など。
高松の繁華街の現地での業務もあり、終了したら午後10時ころでした。

月曜と火曜はコート持参を忘れるくらいの陽気でしたが、やはり夜間は肌寒く、春が待ち遠しく感じました。

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雨の月曜日。

3月5日・月曜日。
まるでなんかの曲の題名ですが、朝から、珍しく、しっかりした雨。
前日に洗車しまして、初めて走り出すのですけど、外は、ザーサー。雨。
洗車後、初のドライブが、雨、しかもしっかりした、雨、でした。
なんでこうなるんだろう?

一日の業務を終えて帰宅しましたら、ネットで買った盤が届いて、それを聴いたら気分は爽快に戻りました。

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穏やかな日曜日。

3月4日・日曜日。
これまでの寒さから解放された暖かで穏やかな日です。
車載気温計は17℃まで上昇。
高松の予想最高気温は20℃。4月並みです。

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用事を終えて帰宅したらまだ明るく、日も伸びたのを実感です。
それで簡単な洗車をしました。

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雛祭、卒業式、・・・夜想曲。

3月3日・土曜日。
お雛祭。

光量がものすごい圧倒的な日の出でした。

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子どもの卒業式がありました。厳かな式。
やはり、卒業式は、
仰げば尊し
です。

式のあとクラスルームでは最後のクラスのあいさつ、そして仲良したちの交流。
本当に仲の良い友達ができてよかった、優しい友人ができてよかった、と親として感涙の日でした。

今宵は、ショパンの夜想曲です。サンソン・フランソワで。

そして「今日の日はさようなら」。森山良子さん。

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レコード・パラダイス。

大阪でこのお店に立ち寄りました。
開店時刻直前でしたが店主のおじさんは快く入店させてくれました。

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ところでこのお店のほぼ真向かいにはまた別の中古レコード屋さんが!

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なんてパラダイス!東京の中野や高円寺あたりでもこんなシチュエーションは記憶にない。(消えただけかも。)

さて入店させてもらいましたら、こちらは店名から推測できるよううにクラシックがメインです。
ところが入店して上気している私は、入り口あたりにひっかかってしまいました。最近来ているGSと昭和歌謡のコーナー。ここですでに30分ほどひっかかって収穫はこれくらいかな?と奥のほうに立ち入りましたら、やや、ここはクラシックがほぼ専門ではないですか?値札を見ましたら、瀬戸内のいつもどこかでしているレコード即売会会場でよく見かけるお店でした。
ここのお店のヤバいところは、在庫のバリエーションと品質もさることながら、その価格。レギュラー盤なら三桁で平気に並べています。「百均商法」のごとき魔力にとりつかれてしまうのでした。
ホリデーにきたら時間を忘れて没頭できそうですが、今回は舐める程度。それでも、清算済ませてお店を出ましたら腕も折れよ、指も千切れよ、の山出し状態になってしまいました。人から見ればただのゴミなのに。。。
滞在時間は1時間超。

次いで開店時刻が半時間遅い向かいのお店も十分ウェルカム状態になっていました。

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最近来ているGSと昭和歌謡(さっき書いた!)のおかげでまずシングルにとりつきますと、このGSグループがこの価格でいいの?とヒョイといただきました。
クラシックのアルバムでは、内田光子さんのテイトとの名盤が日本プレスながら、こんなに安くていいんですか?とこれまたいただきました。
けっこうおいしいところだな~。
と壁を見やりましたら、「左林檎」が10万弱(!?ただし両面同じプレスのエラー盤とか。そんなんいらんわ。)とか、「裏庭の英雄」が20万弱(!?)でひっかかっていまして、内心、「ピッチが違っていたはずなのに、こんなに評価していいのか?ジャケに『肉屋』のような価値があるとも思えず。」と文句タラタラ。
エサ箱では、「昨日、そして今日」のJP黒盤メダル帯にこんな価格つけて、赤盤でも買わんわ、とまた文句が。
なんだか、ブルーノートの美麗日本盤で帯がついていれば、とりあえず高く、という値付け感では?だから、有名グループと巨匠は高くなるのかも。
新入荷の近くに、「未完成2番」と「結婚アルバム」が値付けされずころがっていましたが、どんな価格がつくのでしょうしょうか?
このような価格のブレさ加減が、客にとっては極めておいしい状況を得られることが期待できます。

こんなことで脳内活性化するから、やはり大阪はレコードもディープかも。

この地域を後にて大阪駅に向かいましたら、一本道のアーケードでした。つまり逆に、大阪駅を出発点にしますと、アーケードを通り抜けて出た先にある二つの店舗。そうか、高松では田町アーケードを抜けた先あたりに中古レコード屋さんがあるような状態か、とローカルに納得していたりする自分がいました。

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大阪出張。

3月2日・金曜日。
大阪に出張しました。
午前7時前に地元の駅を出発しましたら、

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朝の讃岐冨士を車内からながめつつ進み、

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お約束の新幹線のホットコーヒーとアイスを食べて、

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朝日に照らされた姫路城を見て、

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午前9時には梅田の出勤中の群衆の中にいました。

向かったのはこちら、家庭裁判所、です。
てっきり地裁・高裁・簡裁と同じエリアにあるものと思い込んでいましたら、ずっと離れた場所にありました。

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無事手続は終了して帰途に就きました。

行きは地下鉄でしたが帰りは徒歩。
天満橋を通り、

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北上して西進して南森町の商店街のアーケードをくぐりました。天神橋なんとか、というようです。

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歩いて見ましたら、まるで高松の南新町か兵庫町の様相。兄弟か従兄弟のような近似性を感じました。アナザー・ワールドならぬ、アナザー南新町のような。

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都会に出張に来たからには、はずせないのは、ホビー・タイム(趣味の時間)ですけど、それを過ごしたらもうJRの大阪液が近づきました。

駅に向かって進行すると、またアーケード。

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やや、今度はアナザー・ライオン通り?しかし昼間っからスーツ姿の男性客やカジュアルな人たちでにぎわっているのが違うところ。
阪急東通商店街、というようです。

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高松と違うところは、アーケードを抜けたら、そこには阪急、阪神、伊勢丹・三越、大丸、と百貨店が軒を並べた大都会ということ。

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大阪のアーケードもけっこう長いのですけど、高松は商店街アーケードが日本一長い、と胸を張っておりますから、それが偽りなしですと、本当に長いんだな、と別にどうでもいいことで感心した出張でした。

日本の中心は、もちろん東京なのですけど、大阪は、「大阪本社」「大阪支社」のイメージの西の横綱で、高松は大阪の「出張所」のようです。地裁・高裁の建物のイメージもなんか似ていて、ただ高松はコンパクトなミニチュアにしたような。

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月が替わり、嵐が来て。

3月1日・木曜日。
朝から強風でした。気象庁が暴風警報を出したため子供たちは朝は自宅待機。うち二人は午後から登校したもよう。
こんな緊急事態こそ、学校から保護者へのメールが威力を発揮するのですが、なんと、先日の家人ムチャぶり携帯会社変更の暴挙のお蔭様で、学校からの送信先アドレスを変更できないままであったため、肝心の学校からのお知らせメールについては、まったくの、音無し、状態。
く~、余計なことをしくさって。

帰省していた子どもは今日遊学先に戻る予定ですが瀬戸大橋は高速も鉄道も通行止めですから四国から出られないだろう、と予想していました。ところが帰宅するとすでにいない。しまなみ海道経由で本州に渡ったとか。それほどまでして戻らなければいけない用事があったのでしょう。

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