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東京大学農学部。

8月7日は東京大学オープンキャンパス2日目。

前日の初日と比べれば「人出」はずいぶんと減ったようです。
けれども実は今日のほうがメインイベント。
20名限定の講義を予約していたのでした。

予約開始は、7月15日の午前6時30分。
携帯限定のネット予約です。
時刻が来たのを待ち構えて携帯画像上で必死に登録を試みました。要領を得ないので戸惑っていたら、目的の講義の午前の部はすでに定員に達したため予約終了。あわてて午後の部に登録したら間に合いました。「秒殺」までもないけれど、十分「分殺」の予約状況なのでありました。

その講義をめざし前日から東京入りしたのでありました。

予約学生すべてを集めての最初のレクチャーには保護者も同席できました。

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東大もすごいけれど農学部もすごいもんですね。日本の国土の0.1パーセントもの面積を東京大学が占めているそうです。その99パーセントは農学部の使用する不動産とのことです。大半は演習林そして牧場のようです。

レクチャーのあとは、各講義に予約生が臨みました。

講義を受講し終えて、今回の旅の目的は達成。

あとは三四郎池を見て、

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東大附属病院もながめて、

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タクシーで羽田へ。

これで今回の旅は終わりました。
とにもかくにも、この暑さは四六時中つきまといました。(ホテルの部屋はかえって寒いほど。)
全身から脂汗のように出てくる汗。それは脚にもひとしく噴き出すものですから、ズボン(ジーンズ)が気持ち悪いことこのうえなし。一刻も早くシャワーを浴びたい気持ちにさせます。
しかし、帰宅する日には、それはかなわず、機上の人となったら、日中の汗はごまかし、あとはただひたすら帰宅して入浴するイメージで耐えるしかなし。

そんな東京の夏が、自分の学生時代を体から思い出させてくれたのもまた事実。

自分の東京時代は、大学時代、司法試験受験時代前半、それは1980年代のこと。厳密には、鎌倉に越す1988年(昭和63年)10月26日までの時代。
あのころ通った電車の路線を走り、ながめた風景をながめ、通った大学に子を連れて訪れ、希望がかなわなかった東大にも今回はなじむことができました。
仕事に就いてからは、東京といえば、霞が関、銀座、せいぜい渋谷か新宿。仕事に就いてからの行動範囲と学生時代の行動範囲とはずれていたものが、今回は、学生時代の行動範囲でのみ過ごしました。

東京の夏の空気とともに、私の80年代の空気がどこからとなく覆い尽くしてくるのでした。

そんな街、東京。私の20代を育ててくれた街はやはり東京であることが、今回、よくわかりました。
そんな遊学を許して支えてくれたのは、他ならぬ父と母。この人たちなくしては、今の自分はなかった、そう実感しました。どこでどのような奇跡が起こって、今に至ったのか。
自分はひとりでは生きていけない。また私がいなくては生きていけない存在、それは子供たち、もいる。

ありふれた感慨かもしれません。
ただ、もう、そう感じました。

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