本州に渡る。

5月19日・日曜日。

思いついて車で本州に渡り岡山県に入りました。

着いた先はこちら。

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某コレクター放出品と銘打った段ボール箱が数箱。内容はもっぱら洋楽ロック・ポップス系です。かっこいいものであれば幅広く、という収集傾向と、好みの傾向とがそれとなくわかる、楽しい商品群になっていました。

ペンタングルのファーストUK盤が出たときには、ぐわしっ、と掴んでしまいました。すると同じグループの作品が続いて出てきて、そうだよね~、買うよね~、とつぶやきながらいただいてきました。

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続いてこちらにも。

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こちらではもっぱらクラシック。面白いものを安く仕入れました。

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五月の土曜。

5月18日・土曜日。

事務所としての業務はお休みです。

子どもの部活の送りをして、三豊の自宅に御来客。

午後は高松の事務所での御来客の予定で向かいました。

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乗り切った週末。

5月17日・金曜日。

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午前は、観音寺の裁判所で期日が3件。しかもすべて宿題あり。

なんとか乗り切りまして、自宅から観音寺に向かいます。父母ヶ浜が綺麗です。

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お隣にあるサンビーチもいい浜なのです。

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期日を終えていったん帰宅する途中、自宅用の水汲みをしました。令和初水汲み。

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午後も観音寺の裁判所で業務。

夕刻から高松に移動して打ち合わせ。

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はっ、連休は終わっている。

5月16日。木曜日。

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長い連休の後遺症のような、やや緩んだ気持ちが続きました。

ところが締切は容赦なく迫ってきます。事実に直面して、

はっ!

として、

そうだ、連休終わってるんだ、

と気づいたりします。

午前は丸亀の裁判所での業務。

午後は高松の事務所へ。

帰宅したらちょうど零時でした。

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移動しない日。

5月15日・水曜日。

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朝、普通に高松に出勤。ストレートに高松の事務所に向かうのは少数派になってきました。

終日、高松の事務所で業務。断続的に御来客応対です。

終了後はまっすぐ帰宅。

こういう業務スタイルのほうが文字通り腰を落ち着けてできます。

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四市移動。

5月14日・火曜日。

午前は観音寺の裁判所で業務。

その後、三豊市の現地に移動。

昼食の時間なので父母ヶ浜のハンバーガー屋さんへ。並ばずに入れました。よかった。令和初の入店。

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自宅に戻りいただきましたが、食らいついてから写真撮ってないことに気づきまして、スマホで撮影。スマホの画像でもずいぶん良いです。

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午後は高松。

夕刻は坂出へ。

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平日再開。

5月13日・月曜日。

週末に休んだような気には十分なれないまま平日を迎えました。

燃えるような日の出。山の地肌と樹木の幹・枝・葉の間を通して日光が強烈に差してきます。

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午前は丸亀の法廷。

午後は高松の家事調停。

陽が長くなりました。

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どうにかしてほしい、と言いたくなる。いとしのレイラ。

令和

が日常の用語になってきました。特に書面を作成することの多い仕事ですから書面作成日付は毎日のようについて回ります。もう平成から令和への変更に早くも慣れてきたような気がします。

しかし、

令和、と言うたび、書くたび、頭の中で、エリック・クラプトン(正確にはデレク・アンド・ザ・ドミノス)の「いとしのレイラ」のイントロとコーラスが鳴る、という現象に悩まされています。電話人生相談で「令和というたびに脳内でいとしのレイラが鳴るのですがなんとかなりませんでしょうか?」と聞きたくなるほどです。

うちにはシングル盤があることは前回書きました。アルバムがたしかあったはずだけど、と思い探索しました。

ありました。

Laylalpa Laylalpb Laylalpc Laylalpd

Laylalph

レイラだけ聴いておりましたら、以前から音が、ザラついた感触でして、これは日本盤シングルの音質のせいなのか?と長らく不明のままでした。

連休に東京で購入したカセットも聴いてみましたら、日本盤シングルと大差ない印象。

自宅内で発見したUKアルバムで聴いてみました。すると、やはりザラつき感は一緒。再発盤という事情を加味しても、だいたいこんなものなのかな~、と思いつつ、二枚組アルバム全編を聴き通してみましたら、理解できました。このアルバムはこういう音なのだ、と。スタジオ収録とはいえ録ってほぼほぼそのまま出したような作品、と言えば即断し過ぎでしょうか。それがこのブルースロックの名盤の味なのだろう、との結論に至った次第です。

 

エリック・クラプトン(1945-)の代表曲「いとしのレイラ」laylaは、ジョージ・ハリスン(1943-2001)の当時の妻でありましたパティ(旧姓ボイド)(1944-)に対する愛情を歌ったものでして、つまり人妻に対する愛情を歌ったもの、禁断のラブソングというところでしょうか。

ジョージは1964年、映画a hard day's nightの撮影時に、出演者であったパティに一目惚れ。1966年に婚姻に至る。

他方、ジョージとクラプトンは1960年代後半あたりから親友となります。同じギタリストとして馬が合ったんでしょうね。仕事面でも互いにサポートし合いまして、最も有名なのはビートルズの通称ホワイト・アルバム収録のwhile my guitar gently weepsにクラプトンが参加して華麗でドラマティックなリード・ギターを披露したことでして、クラプトンのギターが名曲の魅力をけた違いにパワー・アップさせています。

クラプトンはギタリストとしてのデビューは1963年らしいですが、参加したバンドは、ヤードバーズ、ブルースブレイカーズ、クリーム、ブラインド・フェイス、など、渡り歩く、という表現が許されるならばそんな人で、まるで包丁一本さらしにまいた職人、流しの職人、の様相に見えます。流しのひとこまでビートルズでも、ちょろん、と弾いていったのですね。そんなクラプトンが、親友ジョージの妻パティに惚れてしまいました。なんでも、パティは魔性といっていいような魅力のある女性らしく、ネット情報でありますが、ジョン・レノン(1940-1980)やミック・ジャガー(1943-)もパティに惹かれておりまして、ミックは長年口説いたが落とせなかった、とギブアップ宣言だったとか。

すると1960年代後半に、クラプトンは人妻パティと不倫関係にあったのかどうか、が気になりますが、よくわかりません。単にクラプトンがパティに強烈な求愛を繰り返していただけなのか、それが功を奏することがあったのかなかったのか、いまひとつ。。。

かたやパティは、ビートルズの1969年リリース・アルバムabbey road収録の「サムシング」somethingをジョージが作曲するのをインスパイアし、プロモーション・ビデオにも出演して、ジョージとは仲の良い夫婦、との印象です。

クラプトンは1970年8月から9月にかけて、「いとしのレイラ」を収録し1971年リリースしています。

その後、ジョージとパティは1974年に離婚。

パティはクラプトンと1979年に再婚しています。この結婚式には、ジョージも出席しました。まるで神のような御心ではないですか。凡人にとりましては、たとえ親友の結婚式とはいえ、驚き以外の何物でもありません。

さて、この流れからすると、ジョージとの婚姻期間中のクラプトンとの不倫は、なかったのかな~、いやそれはわからないかも、などと考えてしまい、私、つい、いつもの仕事モード思考に陥ってしまいます。

クラプトンにしてみれば禁断の愛が成就してめでたし、というところなのでしょうが、ところがところが、クラプトンはなんとその後、別々の女性との間で娘(1985年生)と息子(1986年生)をもうけるという、ちょっと(日本語ではvery)癖が悪い傾向が顕著であったもようです。

1988年にはクラプトンとパティは離婚。10年に満たない結婚生活は終わりました。こういうもんかな~、とも思いますが。さらに1991年にはさきほど述べました息子がニューヨークの高層マンションの53階から転落死するという悲劇に見舞われます。当時4歳でした。

なんだか波乱万丈の人生ですね、クラプトンもパティも。かる~く、準備書面か陳述書の下ごしらえの作業みたいになってしまいましたら、パティの自伝が出版されていたことを発見。読んでみたくなりました。これも令和効果でしょうか。

 

[追記 2019.5.19.]

ジョージとクラプトンは1991年(平成3年)12月に日本でジョイント・コンサートしています。私は東京ドームでジョージとクラプトンを観ました。while my guitarはクライマックスかアンコールか、というほどのおしまいに演奏されまして、曲が始まったときのドームが揺れんばかりの歓声と観客の喜び方はよく覚えています。

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授業参観。

5月12日・日曜日。

高校に進学したばかりの子どもの授業参観などでした。

合計三時限分の参観が許されるというので後ろの二時限を覗かせてもらいました。

数学。え~、こんな難しそうなこと、あの子がやっているのか、と思うと親が気づかないうちに子は成長しているのだと知りました。先生の解法の説明に、へ~、自分もしたはずだけどす~っかり忘れている、とこれまた知りました。けど、コツは、これこれなんだな、との学びもありました。

生物。自分の高校時代は、生物という科目がなければ人生どれだけ幸せか、と思ったものです。当然受験のときには選択の対象外。今から学び直したら理解できることも多々あるでしょうに。実行は見込まれませんが。

PTA総会。

PTA学級懇談会。

午前から始まった行事がすべて終了したのは午後3時半ころ。いつもの仕事のほうが楽だな~と思う暑い日でした。

 

見晴らしのいい天気でした。四階からこの間お花見した紫雲出山の山頂が見えました。

20190512

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まったり、としたい半ドンの土曜日。

5月11日・土曜日。

半ドン業務の日です。

バラカンさんの番組聴きながら高松に出勤。

午前から午後にかけて御来客応対しましたら午後1時半くらいまでには一応終了できました。半ドンらしい時間に終われました。

外は昨日に続き爽やかな初夏の青空が広がっています。

車外気温計は、

30.5℃

気温は真夏です。

こんなに日が高くて、外が明るい時間帯に自宅でいられるなんて。

今日は土曜日。超・ゴールデンウィークから仕事に復帰してから最初のお休みは、気分だけGWウエルカムバックの気分です。

日没近くになって隣町の父母ヶ浜に行こうかな~、と思いつつ、自宅から見える日没の様子をのんびり眺めていました。

20190511

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爽やかな新緑の夏。

5月10日・金曜日。

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もう週末。

大津で幼児が巻き込まれる悲惨な交通事故を見て、改めて車って危険、と感じます。

そんな日に観音寺方面を走っていたら軽トラが横転しているのを目撃してさらに恐怖感が増しました。

高速を走って高松に向かう途中では、だれが落としたのか脚立が車線の上に転がっていて、ヒヤっとしましたが避けられて難はなし。脚立はすでに先行する車に踏まれたような感じでした。

車外気温計は、

28.5℃

ですし、もう、夏、です。

午前は観音寺の裁判所で刑事公判。

午後には民事で1件。

高松地裁本庁ではこれからの申立ての前に職員さんと依頼者とともに相談。依頼者は金属探知機を通らないといけません。

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三市+警察署。

5月9日・木曜日。

朝一番の観音寺を経由して、高松の事務所で御来客応対。

警察署に依頼者とともに相談。

丸亀の裁判所に移動し、再度観音寺へ。

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