真夏の日没。

7月14日・土曜日。
半ドン業務です。
午前9時になる前から車外気温計は30℃を示しています。
昼過ぎに帰宅してシャワーをしっかり浴びてようやく汗が引きました。あとはエアコンの効いた部屋にこもるだけです。
夕刻、強い西日に気づいて自宅屋上にのぼると真夏の日没が。

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役場の最上階の塔屋は、この庁舎が完成した時に、小学校から見学に行った際のぼった記憶があります。
その後も自宅から近く、友達と遊ぶエリアの中にありましたから、職員さんの目を盗んで塔屋まで登ることもありました。

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夕陽の綺麗な日が続いています。

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13日の金曜日-36.5℃。

7月13日・金曜日。
予定された業務は午後の高松での法廷と御来客ですから、午前は三豊観音寺回りで業務を。
そんな折、豪雨のために崩落していた高知道が、片側の対面通行で通行再開した、と報じられました。ただこれからの夏の観光シーズンに向けて、激しい渋滞も予想されるとのこと。橋の復旧の見通しはまだ立たず。数年単位になるかもしれません。

三豊観音寺内の移動の途中に水汲み。

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午後から高松に移動しますが、

暑い。

車外気温計は
36.5℃
を表示。

夜に近い御来客を終えたら早々に引き揚げました。

インターチェンジを降りたら綺麗な夕焼け。

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眼科検診、順調。

7月12日・木曜日。
一日が眼科検診からスタート。経過は順調です。
そして、高松へ。
そして、丸亀の裁判所へ。
そして、また高松へ。
本日は、出勤途上に眼科に寄り道し、高松から丸亀まで往復したパターンです。観音寺は、なし。

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松山出張。

7月11日・水曜日。
本日のメインは松山出張。

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事案は無事解決。
ただ裁判所の定刻を回るまで時間を要しました。

香川で待つ業務のためにただちに東進。
そのため今回はレコード店は、なし。これは残念、少々。

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豪雨の余波-四国梅雨明け。

7月10日・火曜日。
日の出ポイントを見ようとしたら、薄雲のせいではっきりしません。

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さあ今日からしっかり仕事!と意気込んでいたら、朝からイレギュラーな出来事発生。
自宅最寄り駅まで行った子どもたちから電話が入り、鉄道が動かない、電車がいつ来るかわからない、と。
さっそく車で駅まで迎えに行きました。駅周辺には途方にくれたような学生さんが多数たむろしています。
子どもたちを乗せて中讃へ移動。めいめいを学校で降ろしていたら自分は始業時刻に遅刻となりました。

西日本豪雨のため、予讃線の本山駅(観音寺駅のひとつ手前)と観音寺駅間の財田川(「財田川事件」!)にかかる鉄橋の橋脚、それは明治時代に出来たものらしいです、が斜めに傾き、その上のレールも曲がったために運航不可となっているのです。
本山駅・観音寺駅間、そして多度津駅・観音寺駅間、のそれぞれに代行バスが運行していますが、特急はかなり便数を減らしているようです。鉄道で本州(岡山など)から松山に向かう旅人はえらい目に遭いそうです。当然、普通電車も便数を減らして運行中。鉄橋の復旧見込みは約1ヶ月先と報道されていました。
明治時代の橋脚が痛んだ、ということは、老朽化があっても、明治時代以来起こらなかったことが起きた、ということになりはしませんでしょうか?それほどこの間の豪雨は異常であるといえるかもしれないです。

ただこの朝の普通は、車両故障が原因らしいです。

日中は、晴れ上がり気温は急上昇。
四国地方の梅雨明けと宣告されました。

そうか、夏本番、なんだ。

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ノー勤労意欲の月曜日。

7月9日・月曜日。
羽田の平日、真昼間。
こんな日、こんな時間の移動は、妙にまったりします。平日なのに。
飛行機は四国に向かい、瀬戸内海では豪雨による河川からの土砂の流入を露わにしていました。

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豪雨後の大気は見通しがよく、本州と淡路島を結ぶ明石海峡大橋もはっきり見えました。

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髙松空港に到着。いったん高松の事務所に入りました。
しかし、予定していた作業ははかどらず。前日の感激のせいなのか、それとも暴飲暴食のせいなのか。
早々に引き揚げました。

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長い間ありがとう、ハイドシェックさん。

また、来てしまいました。

前回(?)の来日時2011年から、しばらく来日がない、もう来ないのかも、と思っていたら、大阪公演が告知されて、飛びつくようにチケットを取りました。するとその後、東京公演が告知されて、大阪で聴けるから東京はいいかも、と思いつつ様子見していたのです。
ところが、大阪で数年ぶりにハイドシェックの姿と演奏に接し、
これは東京も行かなければ。
と思い立って座席を探したらようやく満席寸前で
ほぼ正面、若干左寄りのほとんど最後尾
の席を二枚確保できたのでした。
今春から東京で学生生活を始めた子どもに東京の文化を体験させてやりたい、という親心です。
というかこれは、追っかけ、と呼ばれても仕方ない。

上野精養軒で一杯になったお腹を抱えてやってきました。
東京文化会館。

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小ホール。
東京公演での自分の席からステージを見るのはこんな感じ。

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時間が来ました。開演。
ステージに登場したハイドシェックは大阪と同様に指揮者の田部井さんと連れ立っています。
万雷の拍手が止み、椅子に付き、演奏が始まりました。
大阪では冒頭、紙に書きつけた詩なのか挨拶なのか読み上げ、さらには英語で聴衆に語り掛けるなどして、アット・ホームな空気で始まりました。演奏途中でもミスタッチがあると寸前から再開して引き通すなどしてもそれが十分に許される雰囲気で和んでいました。
東京ではやはり日本の都・首都の空気なのでしょうか、緊張すら感じます。
それでも、モーツァルトの緩徐楽章ばかりを集めたコンサートは、大阪も東京も、聴衆の集中力はそれこと半端なく、咳払いひとつ聴こえないほど、です。こんなコンセントレーションの高いコンサートは滅多に出会えません。

それもそう。どちらのコンサートも(当然ながら)来日50周年特別公園、と銘打っていました。
そうなんだ。。。
私がハイドシェックを初めて知ったのは宇野功芳先生の著書によってです。それは昭和の最後、63年のはず。当時、東京杉並区から鎌倉に昭和63年10月26日に転居した私がよく読んでいたのは宇野先生の講談社現代新書。その中にハイドシェックのモーツァルト・ピアノ協奏曲23番を激賞した記事がありました。
その記事に誘われてCDを購入し、その演奏に魅了されいわば虜になりました。そしてヴァンデルノートの指揮とパリ音楽院管弦楽団の若々しく颯爽とした伴奏にも。

そうしてハイドシェックの生演奏に初めて接したのは、確か、銀座にある(あった?)なんとか中央会館。平成3年(1991年)ころかと記憶していますが違うでしょうか?
前席自由、それで最前列、かぶりつきに陣取りました。
ステージに現れたハイドシェックは、オーソドックスな黒のタキシードのステージ衣装で、カツカツカツカツ、と靴音がよく響いたのが印象的でした。かぶりつきですから靴が眼前にありそれが磨いてライトを反射するほど綺麗であったのが印象に残っています。
演奏は、ベートーヴェンが美しかった。アンコールもたくさんサービスしてくれました。人柄の良さが当時からにじみ出ていました。
そんな私の体験はかれこれ30年弱。

するとそれにさらに20年を加えたハイドシェック来日公演愛好家(?)の大先輩がいてもおかしくはなし。
宇野功芳先生もそのお一人だったのでしょうね。2011年の浜離宮朝日ホールのときにはサイン会の行列で私のすぐ後ろに宇野先生が白髪で並んでいらしたのに、いまはもうすでに亡く。

東京公演に戻ります。
プログラムでは最後のモーツァルト・ピアノ協奏曲21番の第2楽章の最後のピアノの音が、沁みました。
アンコールはバッハ、ドビュッシー、ヘンデル、そして作曲者不明の曲。(アンコール曲の掲示を撮影し忘れました。)
聴衆はまだまだアンコールを求めて拍手し続けます。ハイドシェックはステージ上でそんな聴衆に向かい、両手をそれぞれなでるような仕草をします。もう今日は疲れてしまいました、と言いたいのでしょう。オケの団員は立ち上がり強制終了となりました。

終演後の会場。

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(恒例の?)演奏後のサイン会。子どもとともに並びました。
私は片言の英語で、
マエストロ、長い間、本当にありがとうございました。私は貴方のCDとLPをほとんどすべて持っています。ただ、このヒンデミットのLPは(とスマホ画像を示して)まだCDになっていないと思うのですが違うでしょうか?
と尋ねましたらハイドシェックは、
99年にサントリーで、・・・
とおっしゃるのが、詳細が理解できない。この人の前に出ると私は本当にまともでなくなってしまう。
新しいレコーディングをお願いします。
と応じると、明瞭なお答えはなく目を落とされてしまい、
いけないこと言ってしまったから、と後悔しました。

大阪のパンフレットとCD。

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そして東京のパンフレットとCD。

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長い間、本当に本当にありがとう。
けど、私はいまでもいつでもあなたの新しいレコーディングを待っています。

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上野精養軒のハヤシライス。

上京して子どもの部屋に転がり込みました。
今回はクラシック・コンサートに連れて行く、との触れ込みです。午後3時の開演に合わせて出かけました。
目白駅から山手線を外回りして上野まで。

公園に行く人、動物園に行く人、などでごった返しています。
ちょうどお昼時。
上野公園内の精養軒でランチすることにしました。

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外まで列が並んでいますが、どんどん進み、ほぼストレスなく席に着きました。
このお店の定番の、
ハヤシライス
にしました。

20180708h(食事の撮影はお店の方の了解を得ています。)

お肉がトロトロで味も美味し。
外を見やりますとテラスの向こうに不忍池と公園の緑が見えて解放感があり快適です。

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デザートには、
牛乳濃厚プリン

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開場までちょうど良い時間となりました。
レストランを出て、次に向かうは、
東京文化会館。

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東京へ行く雲の上は、いつも晴れ。

7月8日・日曜日。
昨日までの長雨は、朝にはほぼあがったもよう。久しぶりに太陽と青空を見ました。

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そんな早朝、自宅を出て髙松空港を目指しました。東京まで飛ぶためです。
豪雨の影響で高速道路はまだ通行止めです。久しぶりに空港までオール一般道で走りました。
道すがらの里山は、これまでたっぷり含んだ雨水が湯気のように沸き立っているような姿に見えます。

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空港では空模様が再びあやしくなってきました。

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始発便で東京へ。
地上は曇りでも雲の上は晴れ。これまた久しぶりの青々とした青空。

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眼下は雲に覆われていても、ときおり地表が見えます。
関東地方が近づくと、あれは富士山か。

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着陸したら東京地方は、晴れ。
スカイツリーと東京タワーが同時に写り込んだのですが、わかるでしょうか?

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羽田から京急と山手線を乗り継いで池袋へ。
ほぼ通勤時間帯に都電(絶滅語?)に乗っているとまるで東京に住んでいるような気分。
まず目指すは子供のマンション。

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直島弾丸出張。

7月7日・土曜日。七夕。
休業の土曜日ですが、朝から業務に出かけます。出かけようとして高速道路に乗ろうとしたら、あら、高速が通行止め。連日の大雨のためです。
最初の業務は坂出です。致し方なく国道を通ることにしましたが、高速からあぶれた車もあって渋滞です。
善通寺か丸亀あたりからスムースに流れて遅刻の幅が少なくなりました。

坂出の業務の次は直島。
高速は使えませんから国道から浜街道へ。五色台の坂では山が道路に迫っていますから斜面の土砂くずれも危険がないわけではなし。道路から見上げる滝は、いつもささやかな滝で、渇水時には消失するものが、今日は怒涛の滝に変貌していました。それでも無事トンネルを過ぎて高松側の平野におりました。
問題は、海上の気象。風はありません。しかし霧が発生しそう。
ネットで調べましたら定刻通り運航されているようです。

直島行きのフェリーに乗船しました。

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風はなく静謐で、ひたすら雨模様。
客室内のテレビでは、大雨の被害を報道しています。

するとテレビが、高速道路の高知道上り線の橋が土砂崩れに巻き込まれて流されて落ちたと画像とともに報道しています。
こりゃえらいこっちゃ。つい先日も高知まで走ってきたばかりなのに。帰り道に走った道路が今はすでに落ちてない、とは!

間もなく、
直島が見えてきました。

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午後1時30分に上陸して目的地を目指します。

目標とした作業を終えて、せっかくなので風景写真を。でもどちらを見ても墨絵のようです。

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港に戻り高松行きのチケットを買います。
相変わらず外国人観光客は多数。
乗船を待つわずかの間、路地裏へ。

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午後2時20分発。
直島滞在時間は50分間の弾丸出張でした。

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フェリーではほぼ愛車内に滞在して気絶。。。

高松港に到着すると、フェリーで本州に渡ろうとする車の長い列が一般道にまで伸びています。瀬戸大橋が通行止めの影響です。

高松の事務所に到着して出張の後片付けを済ませて、商店街で買い物をして、いざ帰宅。
高速道路はやはり通行できませんから、浜街道を西進しました。
坂出まで順調に進むと、瀬戸大橋の通行再開を待つ、インター入り口近くの車列が車線ひとつをふさいでいます。
大変だなあ~、と通り過ぎて番の州の入り口三叉路まで来たところが、
なんと!?宇多津方面に向かう道路が通行止め!山の斜面が迫った箇所ですから土砂崩れでもあったのか?
仕方なしに後帰り坂出まで戻りました。そうして坂出インター近くまで行き国道11号線に乗れました。
このまま帰るか、と思いきや、善通寺あたりの車線減少箇所からは渋滞。
それでも明るいうちに帰宅することができました。
途中、山の斜面から川のように水が噴き出している箇所もあり、まだ安心はできない様子でした。

すべて狭い香川県内の出張でしたが、ひたすら長く感じた出張でした。

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風のない台風。

7月6日・金曜日。
朝から外は雨で、真っ白。
高松に早めに出勤しました。
いつも干上がったような川は増水して濁流になっています。
大雨警報が数日間継続する見込みで、台風のときですら、こんなことはないような出来事です。風のない台風のようなものでしょうか。
午後、三豊観音寺方面で予定されていた裁判所による現地協議は、さすがに気象の警報が出ているので中止。それでも、予定していましたから、依頼者と現地の確認をしました。
湿度が半端ないです。

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霧の夏の朝。

7月5日・木曜日。
台風(7号)一過の天候は昨日で終わり。
昨晩から今朝にかけてずいぶんと雨が降ったもようです。湿度の高さに霧が発生しています。というか雲がそのまま下に移動してきたようです。

仕事は、午前に観音寺の裁判所で法廷へ。
午後は高松の裁判所で尋問。
いくつかご来客を終えて帰宅。
帰途もまるで霧か雲の中を走行するようでした。

昼頃に地元で気象の警報が出ました。
子どもたちは早々と帰宅したもよう。と思いきや私立に通う子だけは帰らず、いつもの時間に帰宅。聞くと、警報が出てもそのまま授業続けていた、とのこと。そのほうがかえって合理的かも、と内心思うのでありました。公立の建前には相当辟易してきましたし。

しかし元来雨の少ない瀬戸内でこれほど長時間にわたりしっかりした雨が降るのはやはり尋常ではありません。

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